すたみな太郎

アメリカに来ている。サンフランシスコで開催されるメーカーフェアにヘボコンが出るので見に来た。

今日は設営の日だったがそれを手伝わずにサンフランシスコの最新のオフィスを見学したりしていた。カフェテリア食べ放題でビールの飲み放題というすたみな太郎のようなオフィスだった。

そういうオフィスを見学して僕が聞くのは一体いつ働いているんですか?ということである。簡単に言うと、こんな夢みたいな話があるわけない!ということである。

エサがあっても安易に食いついたりしないでまずは警戒する。ハトとかノラ猫っぽい行動である。

だまされやすい

20年以上前、いとうせいこうが確か宝島でインタビューに答えていた。

テレビドラマに出たけどそれがつまんない脚本だったので、ズボンのなかに手を入れて指でずっと勃起してるみたいにしたと話していた。感動的なシーンだけどなぜか勃起してるみたいになっていた、と。

実は僕はそのドラマを見て少し感動したりしていたんだけど、でもいとうせいこうをいっそう好きになった。

数年前にネットのステマが話題になったときも、auのiPhoneはつながりやすいというネット記事を見てauに乗り換えた。そしたらそれがステマだった。

ラーメンズのふたりとも実家がラーメン屋というプロフィールも信じていた。

だまされやすい。

新宿駅についての記事を書いた。「新宿の秘境を堪能する」

時間をかけるとちゃんとおもしろいものになるのだと反省した。1時間ぐらいでちゃっちゃーとやって1500文字ぐらいの記事でいいかなーなんて態度だとやっぱだめだな。

笹かま

武井壮というタレントが身体を思った通り動かせるとスポーツが上達する、みたいなことを言っていた(とネットで読んだ)。

なるほど。先月に仕事で簡単なダンスをしたのだが、まったく身体が思った通りに動かなかった。右手と左足を一緒に出すのができない。両方いっぺんに出てしまう。

しかし、自分の歌や絵でがっかりするのも思った通りに身体が動かせなかったからだろう。頭のなかではもっとリズムに合わせて声が出せていると思っているし、線もまっすぐ引けると思っていた。

痩せるとか早起きみたいな習慣的なこともそうかもしれない。体重と睡眠時間のアンコントローラブル。いちど寝ると予想以上に寝てしまう。油圧系統が壊れた飛行機のようだ(メーデー!)。

たいていの場合、身体が思った通りに動いてない。

そしていまだって、今日じゅうの仕事があるのを忘れてビールを飲み始めてしまった。つまみの笹かま開けてからそれに気づいたのだが、それでも笹かまかじって「うまいなこれ」とかつぶやいてる。
それだけじゃなくて「厚焼…」と笹かまの袋に書いてある文字まで朗読してしまった。

ものすごくコントロールできてない。

むしろ他のものがコントロールしてるのではないかと思うぐらいだ。

宇宙人の一人称

「我々ハ、宇宙人ダ」

宇宙人の一人称は我々である。一人で来たら我だろうか。

「我ハ、宇宙人ダ」

少し時代がかっているが上から目線が宇宙人っぽい。人間よりも進化した文明を作ってるからには「僕」とか「おれ」とか言ってほしくない。

「私たちは宇宙人です」

これじゃサークル紹介みたいだ。日本語には一人称がたくさんあるのだが、宇宙人がうっかり間違えてしまうと畏怖が半減する。

「おいらは宇宙人だ」
「うちらは宇宙人だ」
「あたいは宇宙人よ」

下町っぽい一人称は宇宙人に似合わない。七分袖を着てそうだからだ。

「わしらは宇宙人じゃ」

上から目線だけどおじいちゃんっぽいのもあわない。さすが宇宙人、我々という絶妙な一人称を選んできたな夫婦で話し合っていた。

フィクションだけど。

成田でいつも思うこと

成田に行くといろんなところ行きの飛行機が出てる。

フォートワースとかコペンハーゲンとか聞いたことはあるけど行こうと思ったこともないような都市の名前が並んでて、うおーチケット買えばどこでも行けるのかうおーと興奮してくる。おれは自由だ!と気が大きくなったりする。

もちろん成田で行き先を決めるなんてことはしたことがない。律儀に数週間前に予約した飛行機に乗って出かける。

成田で行き先決めるような旅をしてみたいが、正規料金になっちゃうから高いのか。

いろいろ考えた結果思うのは、どこにでも行けるお金ってすごいなということである。

いちばん好きなみそ汁の具

むかしカレー屋で妻とみそ汁の具はなにがいちばんうまいかについて話していた。妻はアオサだという。アオサか、たしかにうまい。しかし長ネギという王道の旨さに最近気づいたし、ナスもいいな…とか話していたら隣のおっさんが口を挟んできた。

「アオサが一番だ」

「やっぱりそうですかー」と返事をしながら僕と妻の頭のなかには(で、この人だれ?)という疑問でいっぱいだった。

先日飲んでいるときにこの話をして、やっぱりみそ汁の具の話になった。

なめこ、しじみ、キャベツ…などとやっぱり盛り上がる。それに、みそ汁の具の話は自分とは違う意見が出ても誰も否定しないのがいい。あーキャベツもいいねー、ふーん、レタスというのもあるのかーと誰もが広い心で受け入れている。ケンケンしない。

なにしろ知らないおじさんが話に入ってくるぐらいの話題である。

飲んでいて仕事の愚痴とかで場が悪い感じになりそうになったらみそ汁の具の話を始めよう。会議でもいいかもしれない。

グウの音も出なかったほうの人

ネットでよく出回っている話に感動ものがある。駅やバスのなかでひどい言動をした人が女子高生やバスの運転手になにか言われてグウの音も出なくなるというパターンだ。たぶん作り話だけど。

ああいう話でいつも想像するのはグウの音も出ないようなことを言われた人のその後だ。悔しいだろう。大勢の人の前で辱めにあったことを恨んだり、それより単純に恥ずかしかったり、自分に非があるとかないとか考えるより前に消えてしまいたい気持ちだろう。いろんな感情がないまぜになって歩きながらグシャグシャになってるかもしれない。その人が電車に乗って家に帰るまでが気になる。

痛快さは問題の解決にはならない、ということを言いたいのではなくて、描かれないところが気になるのだ。

水戸黄門で印籠を出された人はどれぐらいしたら、折り合いがついて「おれ印籠出されちゃったんだよね」と人に言えるようになるだろう。

10年以上前に宮城さんが紅白歌合戦でSMAPの後ろでエアギターをしたことがあった。結局4フレームぐらいしか出なかったのだが(毎秒30フレームとして4フレームだ)、知り合い10人ぐらいがどきどきして待っていた。出た瞬間も、あ、いま出た!と大騒ぎになった。

紅白歌合戦1回にバックダンサーが200人いたとして、その家族と友達が少なくとも10人とすると、合計で2000人がどきどきして見ているのだ。

その2000人を想像しながら後ろの方の人ばかり見ている。

CMでもメインのタレントの後ろにいる人が気になる。気になるのでその人のブログを探したりして、そこに「CMに出ました。ちょっとだけだけど!」なんて書いてあると最高である。

理不尽な進化という本を読んでいた。それも進化の過程で絶滅した生物にフォーカスをあてる内容だった。

面白いからリンク貼ります。買うと僕にアフリエイトのお金が入ります。

ズボンが濡れている

きのう会社から大久保駅まで急いでいたのでタクシーに乗った。

降りて駅に向かって歩いているとズボンが濡れているような気がした。触ってみると尻から右太ももにかけてしっかり濡れている。漏らしたのか?気づかないうちに? 汗?局所的に?

混乱したままFacebookに書いているうちに整理ができてきた。

パンツは濡れてないので気づかないうちに漏らしたということはない。シートがやんわり湿っていて座っているうちに染みてきたと考えるのが現実的だろう。タクシーはオープンカーではないので雨の可能性はない。つまりだ、前の人のおしっこかもしれないのだ。

了解。僕はひどい目にあっているのだ。

なるほどですねー。

しかし、おしっこだとしたらタクシーに乗った瞬間に匂うのではないか。ズボンの濡れたところを手で触って、その手を嗅いでみるがおしっこの匂いはしない。この動きを電車のなかで繰り返していた僕は完全におしっこ漏らした人のように見えただろう。

困ったことにこのあと打ち合わせがあるのだ。それもその人の自宅でである。

どこかでズボンを買うべきか。しかしだんだん乾いてきた、やっぱりおしっこではないのではないか。いや、本当は匂っているのに僕だけ慣れて分からなくなっている可能性も捨てきれない。子どものころ学研の「できる・できないのひみつ」でそういう話を読んだ。

すでに遅刻していたのでズボンは買わずに待ち合わせの場所に急いだ(混乱しているので途中で違う電車に乗って遅れた)。

会っていきなりこれまでの状況を説明した。不本意にズボンが濡れていること、匂いはしないがおしっこの可能性があること。しかし匂いがしないのも錯覚かもしれないこと。

打ち合わせの相手はブルボン小林さんだったのだが、大丈夫、におってない!とのお墨付きをもらって家にあげてもらった。でも申し訳ないので打ち合わせで座るいすにタオルを敷いてもらった。
ブルボンさんちのいすは新しかったが、タオルを敷いた途端に猫用のいすみたいになった。実家感が出た。

この話はFacebookにも書いたのだけど、実は本当にもらしていてその偽装工作でこうやって書いてたらおもしろいだろうなと思ったけど本当にもらしてないですからね。

 

どこにでるの?

新宿三丁目から花園神社方面に向かう地下道が果てしない。

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これいったいどこに出るんだろう。と思ったら案内図に書いてあった。

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昔のトイレの落書きみたいで嬉しい。

むかし家の向いの駐車場がなくなって平屋の建物が建てられはじめた。コンビニだろうか、ファミレスもいいなあと期待して待っていたらマンションのモデルルームだった。こんなにつまらない結果はない、そう思った。

最近、また駅に向かう途中の駐車場がなくなった。何ができるんだろう。こんどはマンションのショールームじゃないだろうと笑っていたら別の会社が運営する駐車場になった。モデルルーム以上につまらない結果になった。

大昔、大洋ホエールズの屋敷が晩年、どんどん成績が悪くなり、「これ以上落ちることはないから後は上がるだけです」とインタビューで答えていたが、翌年引退した。

なぜゴリラ

いま読んでる本に、慣れがものを見えなくさせるという事例として、放射線医が見るレントゲン写真にゴリラを貼りつけておいたという実験が載っていた。

医師は肺がんの影には気づいたが写真にゴリラが追加されていることには気づかなかったのだそうだ。

ゴリラは拳を振りまわしていたうえに、実際に肺の中にいたらマッチ箱ほどの大きさだったのに、である。ゴリラが見えなかった放射線科医も、約0・5秒ゴリラが目に入っていたのだが。

だそうだ。ボールのパスの回数を数える動画のなかにゴリラが入ってきても、ボールの行方に夢中になっているから気づかないという有名な実験もある。

おもしろい実験である。でも、なぜこの手の研究をしている人はすぐにゴリラなのか。そっちのほうが気になる。

いま読んでる本というのはこれです。

ブレインストーミングを全否定、堅実な方法でしかアイデアは生まれないと書いてあって、これまで読んだちゃらいアイデア本とぜんぜん違う。