目方でドン

スマホゲームのガチャをひいてるネット生放送が面白いという話を聞いた。それはパチンコ番組やむかしDAISUKIという番組で宝くじを大量に買って発表していたのに似ている。おれも見てた。

ゲーム実況はゲームセンターCXだし、むかしのテレビをネットで真似するのはいいかもしれない。

という話をしていた。そうか、昔好きだったテレビでやってみたいもの…

「目方でドン!」だ!

と言ったけどそれはないな。

オークションのような「存在は知っているけど身近じゃなかったもの」がITで一般化するというパターンもある。そういうものはないだろうか。

よくそういう構造から企画を考えていって、結局ぜんぜん違うものを作っていることがある。ATMのきぐるみとか。

Siriが気の毒

iPhoneとAir Podsというヘッドホンを使っている。ヘッドホンをたたくとSiriが起動する。

音楽を聞いているとき、ヘッドホンをたたいてSiriに「スキップ」と言うと次の曲に飛ばしてくれる。

だが、Siriがよく「好き」と聞き間違えるのだ。

「私もアシスタントとしてあなたを思っています」とか「またまた~」などまんざらでもない返事をしてくる。おれは次の曲に飛ばしたいだけなのに。

好きって言われたと勘違いして気取った返事をするなんてコントの世界だし(ドラマだったら柳沢慎吾が演じる)、現実にそんな人がいたらかわいそうである。こんなにかっこ悪いコンピュータはなかなかない。

Siriが何度も繰り返すので気の毒になってしまい、スキップと言うのをやめた。アップルウォッチで操作している。

科学と根性

以前、最新の設備があるジムの取材にくっついて行った(この記事ね)。

専用の測定機器でジャンプの距離やステップの回数を測り、それをもとに運動能力を示すスコアを算出していた。この仕組みは近々学会で発表する予定だと話していた。

そのスマートなやりかたに「根性の世界と違いますね」と言ったらそうでもないとのこと。

センサーで数値は測るけど、その数値を上げていくのは辛い。根拠が根性から科学になっただけで、それに身体を近づけていくのはどうやっても大変。むしろ科学トレーニングほど辛いものはない

と教えてくれた。

たしかに計測のときジムの人たちは「もっと!もっと足を上げて!」と大声を出していた。

科学と根性は対立するものではないのかもしれない。

しかしその理路整然とした認識に、こういう体育をやってみたかったと思った。

本棚がおかしい

本をダンボール4箱ぶん売った。amazonで安く売ってる本はうちになくてもいい。そう思って有名な本を処分していったらおかしな本ばかりの本棚になりつつある。

二度と手に入らなさそうな本と思ってるが いいこと書いてある本を処分してどうでもいい本を残している気もする。これでもまだ本棚3つある。

ビジネス書とか自己啓発とか読んでるのを妻に見せたくない本はキンドルで買っているので、キンドルはいっそう恥ずかしい本棚になっている。

二軍のTシャツの引き出しのようである。

しかしいつからTシャツの二軍って言うようになったんだろう。

パーティーグッズだった

シアトルで飛行機に乗り遅れたので空港近くにホテルをとった。ホテル近くのショッピングモールにパーティーグッズ専門店があったのでひやかしていたらいろいろと考えてしまった。

フォトプロップスにうんこがあったり、

インスタの枠が売られていた。

デイリーポータルZの記事で作るようなものが市販されているのだ。

アーチーマクフィーに自作の目が回るメガネを持っていったのだが、似たようなものがすでに売られていた。(アーチーマクフィーはハトマスクなどのおかしなものを製造販売している会社。シアトルにあって毎年行っている)

Our friend @yaginome stopped by to check out the World’s Largest Rubber Chicken! Needless to say… he was entranced.

Archie McPheeさん(@archiemcphee)がシェアした投稿 –

もしかしたら僕が作っているのはパーティーグッズだったのではないだろうか。BigFaceBoxは今回のメイカーフェアベイエリアでも大受けで、10人ぐらいに買いたいと言われた。そのなかのひとりが「クリスマスパーティーで使いたいんだ」と話してくれた。

そのときはふーんぐらいにしか思わなかったのだが、パーティーグッズ専門店に行ってわかった。こういうものが売られているのだ。

あまのじゃくだけどサブカルチャーの閉鎖性も嫌、テクノロジーは好きだけどそれが主役にならないように…などあれこれ考えてトンネルを抜けてみたらそこはアメリカのパーティーグッズだったのである。

アメリカ人からしてみたら、でっかい蝶ネクタイをつけて日本からやってきた人たちみたいに見えてないだろうか。

ちなみにパーティーグッズの店にはSNOW風の写真を撮れるメガネまであった。すげえデイリーの企画っぽい。

SNOW風とはいえただのメガネなので肌の汚さが目立つ。犬風の加工は肌がつるつるになることとセットだったのである。

と、デイリーポータルZのまとめ的なことまで書けてしまう。ただ買ってきただけなのに。

デイリーポータルZはなかった

5年前のエイプリルフールに「デイリーポータルは最初から、なかった」という記事を書いた。

http://portal.nifty.com/2013/04/01/uso14/

デイリーポータルZというサイトはコンピュータ1台で記事を生成している。ライターの写真は役者で、そんな名前のライターは実在しない。という内容である。

 

このあとの展開も考えていた。

1.ライターを演じている役者のツイッターアカウントが特定される
2.そのタイミングで「なかった」の記事は消される。ほかのエイプリルフールの記事は残っているのに。
3.デイリーポータルZはなかった件を追うハッシュタグができる
4.そのアカウントがメンションしているアカウントが首謀者らしいことがわかってくる(ギャラの件でもめているようだ)
5.デイリーポータルZはなかった件についてのまとめページができる
6.関係者のYouTubeアカウントが判明
7.登録ミスで半日だけ制作過程の動画が公開されてしまう
8.動画内のボードから撮影日と場所が分かる
9. 2週間おきに撮影されているらしいので次回の撮影の予定も分かる
10.場所は略称になっているが、この件を追っている別のツイッターアカウントが解明して場所特定
11.その時間にその場所に行ってみるとただのデイリーポータルZのイベント「おめでとう~」みたいな感じで出迎える。

なかった件を追うツイッターアカウントもまとめページも仕込み。

と考えたけど、そんなきれいにみんな騙されますかねえ、と言われてやめた。

追記:

エイプリルフールの記事で引用している架空の劇団のサイトを実際に作っていたことを思い出した。

でも誰も検索して見つけてくれなかったのだ。

 

石板メディア

ネットは紙より弱い。

取材先でこんな媒体ですと実物を見せられない。新聞や雑誌のように実体があるほうが社会的に信頼されている。書籍の仕事が入ったのでネットの仕事を減らすという話も聞く。

ネットメディアを作っている身としては寂しい話である。

一方、紙の封筒は平気で捨てるがクリアファイルは捨てにくい。つい、とっておいてしまう。紙パックは捨てるが、モロゾフのガラス容器は洗って戸棚に入れる。

つまり、プラスチックやガラスに書くメディアがあれば紙より強くなるのだ。

石板だ。

写真は大英博物館で大人気だったロゼッタストーン

前向きで恥ずかしい

デイリーポータルZでワークショップ用のカードを作った。違うことが書いてある100種類のカードがそれぞれ100枚ある。1種類100枚セットで納品されたので、100種類を1セットにしなければならない。(納期とコストの問題でセットを頼めなかった)。

夜、ひとりでセット作業をしていた。

カードの並べ方や持ち方を工夫するとだんだん早くなってきた。iPhoneで1つのセットを作るための時間を測って、やった1分切った!とかひとりで盛り上がってしまった。

つまらない仕事でも楽しんでしまって恥ずかしい。前向きすぎる。カイゼンか。

先進国

去年、ロンドンに行った。

地下鉄の駅は分かりにくく、車内は混んでいた。乗っている人もわりとむすっとしていた。金曜日の夜はパブで大騒ぎしている酔っぱらいがたくさんいた。

日本と同じだ。


そもそも日本の地下鉄がイギリスを参考に作っているのだろう。サインいっしょだし

ロンドンの鉄道博物館で知ったのだが、日本では江戸時代ぐらいの時期にイギリスでは鉄道ができているのだ。鉄道以外にも郵便制度や紡績も発明している。

先進国である。

そしていち早く、都市(働く場所)と郊外(住むところ)という区別ができて、通勤ラッシュがうまれて、モンティパイソンのような笑いが登場したり、新自由主義とか言い出したり、パンクが生まれたり、ほかの国と強調するのかと思ったらEU抜けたり、いいことも悪いこともすべて先取りしているのだ。

高齢化も先取りしていて、スーパーにおばあちゃんがたくさんいた。

イギリスはいまでも先進国だなと思った。

wasabiという和食ファーストフードの店にそうめんがあった。

きっと日本のファーストフードでもそうめんが出る。

エピソードゼロ

去年の夏、「もうひとつの人生ごっこ」という記事を書いた。

自分は知らない部屋にいる。そこに見たことない人が訪ねてくる。彼らは自分を心配して見に来た同僚だという。どうやら自分は無断欠勤をしているらしい。

その後の会話から、この世界では自分はなにをしているのか、なにをしでかしたかを類推してゆくという記事だ。

このような設定を考えてあった。

・職場は大学
・仕事は広報
・自分は花見で酔っぱらって、新人の女性の手を握ってしまった
・それから気まずい

その後、ネタばらしの飲み会をして、実際の職業や名前を明かした。

昨日、そのメンバーで花見をしたのだ。あの気まずくなったきっかけの花見をやりたかった。エピソードゼロである。今は2018年だけど、これは2017年の春という設定だ。

舞台はあの部屋があった日暮里。まったく土地勘がないが、花見ができる公園があった。


このとのときはまだ和やかに花見をしていた(という設定)


このあとに事件が起こる(という設定)

これに登場している女性、砂川さんは筋トレをしているという。もし本当に手を握ってきたら、指をひねったりできますよなんて笑っていた。

そういえばあの記事で住さんは指を怪我していた。


(2017年7月)

これは砂川さんにひねられたのかもしれない。辻褄が合う。

やっぱり徐々にこっちの世界線が中心になっている気がする。

我々は夏にもういちど部屋に集まるのだろうか。

僕も記事にするでもなく、この活動をただ続けているのはなぜだろう。

その理由もそのうち明らかになるのだろうか。