わ、起きてた

眠りが浅い。

いびきをかいている人は少しつっつくと静かになるものだが、僕は少しつっつかれると起きてしまうのだ。

僕のいびきを止めようと突っついた妻は「わ、起きた」と思うらしい。

前回に続いて大腸検査の話だ。

腸のなかを機器が移動するので麻酔を入れる。「ねむくなる薬いれますね」と言われたのだが、まったくねむくならなかった。そういうものなのかなと思ってじっとしていた。

検査している人たちが子供の自由研究をやったかどうかという話をしているのが聞こえた。「僕、自由研究みたいな仕事しているんですけど、読書感想文を作る企画は人気ですよ」と会話に入ってみた(腸にカメラ入ったまま)。

しかし検査師の答えは

「わ、起きてた」

だった。家でよく聞くセリフだ。死体がしゃべった、みたいなリアクションが愉快だった。

しかし後から考えたのだが、「自由研究みたいな仕事」や「読書感想文を作る企画」って麻酔で朦朧としている人の発言と思われたかもしれない。でもデイリーポータルZのことである。

僕の仕事はうわ言みたいなんだなと検査後のベッドで思った(そこでも全く眠くならなかった)。

うんこにだめ出し

大腸カメラ検査を受けた。

検査のまえに腸をカラにする必要がある。そのために2時間かけて2リットルの下剤を飲み、10回以上トイレに行くように言われた。便が黄色で透明になったら検査を始めるとのこと。
そのヘビーな説明を聞いてトライアスロンのようだと思ったがぜんぜん違う。

案内された部屋には同じ検査を受ける人が5名ほど。ひとりにひとつ小さい机が用意されていて、そこに下剤が置いてある。トイレに行くことが義務付けられた小部屋である。

ほぼ同時刻に入った男性が隣りに座る。あまりトイレに行けてないようだ。でも手元のメモをちらっと見たらトイレの回数が僕より1回多かった(回数をメモすることになっている)。悔しい!
かたや「飲んでるんですけどまだ1回しかトイレに行けないんです…」と看護師に言う人もいる。その人の横を通ってトイレに行くときは腰をかがめて音を立てないようにした。僕だけすいませんという気持ちだ。

悔しさと遠慮、うんこだけど感情はいつもどおりである。

そして便がクリアに仕上がったら、看護師に見せるのだ(なんと!)。

僕は前日に消化のいい専用食(テンション上がって1日でいいのを2日食べ続けていた)を食べていたせいですぐに仕上がった。看護師を呼んでドヤ顔で見せると

「状態はいいけど回数が少ない」

とのことだった。うんこにだめ出しされた。

「回数、大事ですか?!」

うんこなのに食い下がるおれ。

むかし村上ファンドが「金儲け、悪いことですか?」と言ってたが、あの言い方に似てた。

そしてまた小部屋に戻って下剤&うんこを繰り返す。小さい机が並んでいる部屋はちょっと教室のようでもある。

授業中にあんなにトイレを我慢していたのに、トイレに行くとほめられる教室にいる日が来るとは思わなかった。うんこを我慢して青くなってたいた中学生の自分に教えてあげたい。

君が夢見た世界は30年後にやってくるぞ、と。

エアカーはチューブの中を走ってないけど、うんこ自由の未来は来る。

そしてうんこOKになって検査を受けて異常なしだった。

(検査中や検査結果を聞いたときも面白かったのでまた書く)

考えさせられるテレビ

王様のブランチを見ているといろんなことを考える。

話題のデザートにのってる小豆がコガネムシだったらどうだろうとか、物件紹介のコーナーで全員のつなぎの色が同じだったらどんな絵になるだろうかとか。

気がつくと、もっと変にする方法をずっと考えている。

そこから転じてデイリーの企画のアイデアになったりしている。
虫っぽいデザートを探すとか(例えばだけど)。

ほかの番組ではこんなひとりブレストにはならないのだけど、王様のブランチだけは、なる。

あの凡庸さやテンポがちょうどいいのだろうか。いや、平日のワイドショーだと悪いニュースを伝えるのでそっちに反応してしまうのだが、それがないぶん自由に想像できるのかもしれない。

考えさせられる、とは社会問題によくつく形容詞だが、王様のブランチもなかなか”考えさせられる”だと思う。

南極探検

仕事ができる人に会うと「この人は南極探検に行っても生きて帰ってこれそうだな」と考える癖がある。

吹雪にあっても的確な判断でチームを危険な目に遭わせることがないだろう(むかし伝記で読んだスコットとアムンゼンのイメージである)。

逆の場合、「この人、全滅させるな」とか「この人はチームに入れないでおこう…」とこっそり思っている。

つまり、僕は会社員を始めてからずっと南極に行くメンバーを探しているのだ。

60ぐらいで南極に行くのかもしれない。

高菜

世間的にはすごく普通のことなんだけど、なぜか自分の人生ではしてこなかった、ということがある。別に避けてきたわけではないんだけど、たまたま現れなかったこと。

たとえば僕にとっては「日焼け止めを塗る」と「高菜を食べる」。

育った環境、そしておとなになってからもその習慣が身近になかった。

でも僕が普通にしていることでも、きっとやったことがない人もいるだろう。「甘栗を買う」とか。

高菜をよく食べて、日焼け止めを塗って、近所のコンビニがデイリーヤマザキ。そんなねじれの関係みたいな人生をたまに想像してうっとりする。

伏線

歯医者で歯の磨き方を教えてもらった。

デンタルフロスを使った方が良いとのこと。ただ一ヶ所、歯の隙間が狭いところがある。そこは糸を横から抜いてください、と鏡でその歯を見せられて言われた。

じゃあプラスチックの器具に糸が張ってあるタイプより糸のままのタイプがいいですね、はい、そうですね、などと会話していたが、鏡にはしっかり長い鼻毛が見えていた。

これが脱出ゲームなら「わかったぞ!鼻毛を使うんだ!」となるところだが、現実にはそんな辻褄があうことはない。

鼻毛はなんの伏線でもなく、ただの鼻毛である。

ボーナスチャンス

新宿は、徳川家康が家臣に「馬で一周りしたぶんのエリアを与える」と言ってできた土地だそうだ。家臣が内藤さんだったから内藤新宿。

昨日知った。

しかしボーナスチャンスみたいな土地の与え方である。

家康は「ボーナスチャンス!」と叫んだかは定かではない。

出世の階段(新橋の愛宕山・殿様が階段の上の梅の木をとってこいと命じて、できた人が出世した)もボーナスチャンスである。封建時代は王様のブランチの買い物コーナーみたいな話が多い。

しかしどちらも今ならパワハラである。王様のブランチはパワハラでないので現代的だ。

ファミレスにいたら隣の親子連れが店員を呼んだ。

「この肉、味がついてないみたいなんですが…」

店員は確かめたあと、平謝りして新しいのを持ってきた。するとこんどは中学生ぐらいの子どもが

「エビのジェノベーゼだけどエビのってない~」

と言って笑った。親は店員に「もうほとんど食べちゃったからいいんですけど、エビなかったみたいで~」とやんわり伝えていた。店員はまた謝っていた。

アンラッキーな親子だなと思ったのだが、気になったのは子どもがずっと「うける~」と笑っていたことだった。

不運が訪れても笑っていられるその姿勢で彼は一生楽しく過ごせるだろう。

そしてあのファミレスは厨房にとんだ地雷みたいな店員がいる。おれのは味がついててよかった。

タマちゃん

デイリーポータルZでゴールデンウイークに「あぶなく忘れるところだった平成」というテーマで記事を集めた。

ただ、同じ年でも年齢によって流行ったものが違うので、それがひと目で分かる表を作ることにした。

結果、こういう図になったのだが(リンク)企画段階で手描きのラフを編集部のslackに送った。

平成の中心に全世代にわかる存在としてタマちゃんがいる。BCとADの境界のようだ。

僕はタマちゃんを大事なものと思っている。恥ずかしい。

ああいう身近なちょっと変わったことを書きたいと思ってデイリーポータルZを始めたわけだし、タマちゃんきっかけで人生が変わったひとりなのかもしれない。タマちゃんとその前年にあったボラの大量発生。

いまでもGoogleのニュースのアラートで「大量発生」をキーワード登録して大量発生の情報は逃さないようにしている。

アート

デイリーの記事でパイプいすにタイヤを付けたものを作った。

ずっとバルコニーに置いてあって邪魔だったので粗大ごみで捨てることにした。回収シールに名前を書いてマンションのゴミ捨て場に置いた。

だが、粗大ごみ回収の人が見つけやすいよう、管理人がいすをゴミ捨て場から表の道路に移動してくれたのだ。

その結果、「林雄司」と書かれたおかしな工作が多くの人の目に触れることになった。恥ずかしい。

そしてそういうときに限ってゴミ回収が遅く、昼過ぎまで僕の作品は道路に置かれ、期せずしてアートになった。