鳥と警告とおしっこ

ジョギングしていて見つけた。

マンションの敷地に鳥の餌をまかないようにという警告である。

紙のままだと雨に濡れてしまうからビニールを被せたのだろう。ところがそのビニールに隙間があったのか、なかに雨水が溜まっている。

おしっこ状態だ。

トイレに行けない入院患者のカテーテルの先にこういうのがついている。

監視しているぞと脅すためにカメラも書いてあるが、なにせおしっこの袋だ。意図的におしっこの袋に「鳥の餌をまくな」と書いていたらわけがわからなくて恐ろしい。

しかし、平成も終わるというのにまだビニールに雨が入っておしっこ?とか言っているのだ。

生活にAIが入り込んだらこんなことはなくなるのだろうか。

「ソレダト 雨ガ降ッタ トキニ オシッコミタイニ ナリマス」

と教えてくれるのだろうか。

石原さとみ・和光市

ちょっと前だが東横線が東上線に乗り入れたとき、もともと東横線沿線に住んでいる人たちが「和光市というなじみのない駅行きの電車が来るようになった。あれどこだろう」と話していた。

東上線沿線で育った僕にはすごくなじみがある。成増のひとつ向こうだ。その先は朝霞。

でも僕はもう世田谷に住んでいるので「うん、どこだろうね」と答えた。

今年の夏、東京メトロの石原さとみの広告が和光市だった。和光市に石原さとみが!

思わず写真に撮ってしまった。

日本一汚かった白子川の町にガッジーラが。

こんな東上線への想いが自分にあることに驚いた。

この埼玉情報のサイトにも「石原さとみさんが、和光市に来てくれたことをご存知でしょうか?」「ぜひこの事を和光市民のみなさんは誇りに思って頂きたい」と弘法大師のような扱いである。

僕だけではなかった。安心した。

DVDトレー

このまえ飛行機に乗ったときに映画を観た。見終わる前に到着してしまって終わりが気になるのでamazonで中古のDVDを買った。妻がいないあいだに観ようと思ってDVDをデッキに入れるが認識しない。パソコンだと認識したのでそれで観た。

妻が帰ってきたときに、DVDデッキのトレーが出っぱなしだった。エロDVDを観たように思われたのではないかと思ってこれを観たと説明した。

説明すると一層嘘くさい気がしたので、続編もプライムビデオで買って観た。ちゃんと観ていることのアピールだ。

 

こういう気持や行動っていくつになっても続くんだなと思った。

 

観た映画:https://amzn.to/2OG4WLU

続編:https://amzn.to/2IGnC8Q

 

ナチュラル

8月のメイカーフェアでデイリーのライターの岡本智博さんがきびだんごを差し入れてくれた。

撤収しながらそれを食べていたら乙女電芸部の人たちが横を通ったので、

「あ、きびだんごあるんで、よかったらどうですか」

と言って配った。

あ、おれいま桃太郎みたいなこと言ってる!と思った。

桃太郎はイヌやサルにこんな感じで団子をすすめたのだろうか。

人生にはナチュラルに桃太郎みたいになる瞬間があるのか。驚きである。

SFホラー

火星が開拓されて観光地になると、すしざんまいができるだろう。

オープンに向けて資材を運んでいる宇宙船が故障することもあるかもしれない。

外壁に隙間ができて空気が漏れはじめるのだ。

ちょうど火星に持っていく途中のすしざんまいの社長人形が目について、それを隙間に詰めて応急処置をする。

だが、徐々に真空に吸い出される社長の人形。

宇宙船の窓から、さっきまでは頭頂部しか見えてなかったのに徐々に顔まで見えてくる。

空気がなくなるのも顔が見えているのも怖い。

というSFホラーを寝る前に考えました。

いちばん大きな無

なんでもでかい物を売っているGreatBigStuffというサイトがある。

でかいアウトドアチェア

でかいギター

でかいテイクアウトボックスもあった。

どれも消費社会の果てであるアメリカらしい商品でおもしろい。好きだ。

いちばんすごいなと思ったのはこの商品、「無」だ。Whole Lotta Nothin’ は強引に訳すと「たくさんの無のすべて」だろうか。

あなたが見たことないいちばん大きい無。まったくなにもない。インドアでもアウトドアでも使えて、ベッドルームやキッチン、ロケットにもマッチする。注文しても何も送りません。1ドル。

などと書いてある。

大きいだけじゃなくて、最大の無、みたいな暗黒物質みたいな話みたいになっている。消費社会の果てじゃなくて宇宙の果てだったか。

こういう商売がしたいなと思っているのは言うまでもない。どういうつもりなのか店主に話も聞きたい。

シール

ありがとうといい続けていたら出来たきれいな結晶、のシールというものがあったと人から聞いた。

水にありがとうと言ってしまう系の話だが、最後にシールになっているのがとてもおもしろい。いいと思っているのにシール。

・遣隋使が大陸から持ち帰ろうとしたありがたいお経、のシール
・アムンゼンに先を越されて落胆するスコット、のシール
・息子の帰国を願う野口英世の母の手紙、のシール

ありがたさが台なしである。

裏にのりが付いてる、いちど貼ったらおしまい、そもそもどこに貼っていいのかわからないというところで、いい話が駆逐されている。マグネットならいいかな…と思うがそんなことを考えさせないで欲しい。

でも、おもしろいからありがたいシールを作ろう。

なんでこんなことになったんだっけ?

横浜駅にうんこが落ちていたらしい。昨日Twitterで少し話題になっていた。

恐ろしい。

なぜならそれは僕のうんこだったかもしれないからだ。

駅でトイレに行きたくなって、もうだめだと思ったことは何度もある。もしかしたら一線を越えて漏らす可能性もないとはいえない。もしそのとき半ズボンで、もらしたうんこが裾から転がり落ちていたら?

僕が作っていた投稿サイト「死ぬかと思った」にも、便秘中のうさぎのようなうんこを漏らしてズボンの裾から転げ落ちたという投稿があった。

裾から出る可能性は、ある。

惑星直列のように複数のタイミングが重なったとき、迷惑行為の当事者になってしまうのだ。ふつうの休日だったはずなのに、帰ってきて大事になっているのを知ってぞっとしているのは僕やあなただったかもしれない。警察は家に来るのだろうか。

今日渋谷駅で、むき出しのたこ焼きとソースが入った小皿を持ったまま走っている男を見た。

彼もまたいろんな偶然が重なってあんな不思議な状況になったのだろう。

どちらも「なんでこんなことになったんだっけ?」である。

ドラマの主人公世代

むかしCS放送でやっていた番組名が思い出せず、パソコンをあさっていたら14年前にスカパー!の会員誌に寄稿したコラムが出てきた。

その指摘になるほどと思ったのでそのまま転載する。

TBSチャンネルの1980年代のドラマをよく見ている。とくに「ふぞろいの林檎たち」は欠かさず見ている。Ⅱ、Ⅲと実際の年の経過にシンクロして登場人物が歳をとってゆくのがリアルだ。
で、前から思っていたのだが、有名なテレビドラマ、青春を描いたドラマの登場人物は1960年代半ば生まれである。
例を挙げると
・「3年B組 金八先生」1979年放送、登場人物は中学3年生なので1965年頃生まれ。
・「ふぞろいの林檎たち」1983年放送、登場人物は大学1年生。なので1964年生まれ。
・「同・級・生」1989年放送。登場人物は大学4年生。ってことは1967年生まれ。
1971年生まれの僕はいつもドラマでちょっとお兄さんとお姉さんの物語を見ていたわけで、僕も数年後にはこんなドラマチックなことが起こるのだろうかとドキドキしていた。
が、なにもおきなかった。高校に行っても大学に行っても、淡々と学校に行って菓子パン食べて、家でファミコンをしていた。なんかドラマと違う。
いま、これらのドラマを見ると登場人物が自分よりもぜんぜん年下である。なにもおきなかった空白の数年間を埋めんとの勢いでスカパーばかり見ている。

団塊ジュニアってことかなと思うが、それより少し早い。

キャラクター化

いまネットで活動している若者は顔出しOKでも自分のキャラクターイラストがあるという話を聞いた。

たしかにヒカキンのチャンネルのアイコンはイラストだし、踊ってみたの人たちも本人の横にイラストがある。

本人の横に本人を模したキャラクターがいるなんて高田社長ぐらいかと思ったが(このページの中央)、もはや普通のことらしい。

「本人そのままよりもキャラクターグッズにしやすいからではないかね」とは詳しい人の見立てである。たしかにそうかもしれない。

一方、僕は自分の顔そのままTシャツにした。

この不気味なおかしさは、「イラストにする」という大事なプロセスを抜いたからだったのだ。

納得である。