本棚がおかしい

本をダンボール4箱ぶん売った。amazonで安く売ってる本はうちになくてもいい。そう思って有名な本を処分していったらおかしな本ばかりの本棚になりつつある。

二度と手に入らなさそうな本と思ってるが いいこと書いてある本を処分してどうでもいい本を残している気もする。これでもまだ本棚3つある。

ビジネス書とか自己啓発とか読んでるのを妻に見せたくない本はキンドルで買っているので、キンドルはいっそう恥ずかしい本棚になっている。

二軍のTシャツの引き出しのようである。

しかしいつからTシャツの二軍って言うようになったんだろう。

パーティーグッズだった

シアトルで飛行機に乗り遅れたので空港近くにホテルをとった。ホテル近くのショッピングモールにパーティーグッズ専門店があったのでひやかしていたらいろいろと考えてしまった。

フォトプロップスにうんこがあったり、

インスタの枠が売られていた。

デイリーポータルZの記事で作るようなものが市販されているのだ。

アーチーマクフィーに自作の目が回るメガネを持っていったのだが、似たようなものがすでに売られていた。(アーチーマクフィーはハトマスクなどのおかしなものを製造販売している会社。シアトルにあって毎年行っている)

Our friend @yaginome stopped by to check out the World’s Largest Rubber Chicken! Needless to say… he was entranced.

Archie McPheeさん(@archiemcphee)がシェアした投稿 –

もしかしたら僕が作っているのはパーティーグッズだったのではないだろうか。BigFaceBoxは今回のメイカーフェアベイエリアでも大受けで、10人ぐらいに買いたいと言われた。そのなかのひとりが「クリスマスパーティーで使いたいんだ」と話してくれた。

そのときはふーんぐらいにしか思わなかったのだが、パーティーグッズ専門店に行ってわかった。こういうものが売られているのだ。

あまのじゃくだけどサブカルチャーの閉鎖性も嫌、テクノロジーは好きだけどそれが主役にならないように…などあれこれ考えてトンネルを抜けてみたらそこはアメリカのパーティーグッズだったのである。

アメリカ人からしてみたら、でっかい蝶ネクタイをつけて日本からやってきた人たちみたいに見えてないだろうか。

ちなみにパーティーグッズの店にはSNOW風の写真を撮れるメガネまであった。すげえデイリーの企画っぽい。

SNOW風とはいえただのメガネなので肌の汚さが目立つ。犬風の加工は肌がつるつるになることとセットだったのである。

と、デイリーポータルZのまとめ的なことまで書けてしまう。ただ買ってきただけなのに。

デイリーポータルZはなかった

5年前のエイプリルフールに「デイリーポータルは最初から、なかった」という記事を書いた。

http://portal.nifty.com/2013/04/01/uso14/

デイリーポータルZというサイトはコンピュータ1台で記事を生成している。ライターの写真は役者で、そんな名前のライターは実在しない。という内容である。

 

このあとの展開も考えていた。

1.ライターを演じている役者のツイッターアカウントが特定される
2.そのタイミングで「なかった」の記事は消される。ほかのエイプリルフールの記事は残っているのに。
3.デイリーポータルZはなかった件を追うハッシュタグができる
4.そのアカウントがメンションしているアカウントが首謀者らしいことがわかってくる(ギャラの件でもめているようだ)
5.デイリーポータルZはなかった件についてのまとめページができる
6.関係者のYouTubeアカウントが判明
7.登録ミスで半日だけ制作過程の動画が公開されてしまう
8.動画内のボードから撮影日と場所が分かる
9. 2週間おきに撮影されているらしいので次回の撮影の予定も分かる
10.場所は略称になっているが、この件を追っている別のツイッターアカウントが解明して場所特定
11.その時間にその場所に行ってみるとただのデイリーポータルZのイベント「おめでとう~」みたいな感じで出迎える。

なかった件を追うツイッターアカウントもまとめページも仕込み。

と考えたけど、そんなきれいにみんな騙されますかねえ、と言われてやめた。

追記:

エイプリルフールの記事で引用している架空の劇団のサイトを実際に作っていたことを思い出した。

でも誰も検索して見つけてくれなかったのだ。

 

石板メディア

ネットは紙より弱い。

取材先でこんな媒体ですと実物を見せられない。新聞や雑誌のように実体があるほうが社会的に信頼されている。書籍の仕事が入ったのでネットの仕事を減らすという話も聞く。

ネットメディアを作っている身としては寂しい話である。

一方、紙の封筒は平気で捨てるがクリアファイルは捨てにくい。つい、とっておいてしまう。紙パックは捨てるが、モロゾフのガラス容器は洗って戸棚に入れる。

つまり、プラスチックやガラスに書くメディアがあれば紙より強くなるのだ。

石板だ。

写真は大英博物館で大人気だったロゼッタストーン

先進国

去年、ロンドンに行った。

地下鉄の駅は分かりにくく、車内は混んでいた。乗っている人もわりとむすっとしていた。金曜日の夜はパブで大騒ぎしている酔っぱらいがたくさんいた。

日本と同じだ。


そもそも日本の地下鉄がイギリスを参考に作っているのだろう。サインいっしょだし

ロンドンの鉄道博物館で知ったのだが、日本では江戸時代ぐらいの時期にイギリスでは鉄道ができているのだ。鉄道以外にも郵便制度や紡績も発明している。

先進国である。

そしていち早く、都市(働く場所)と郊外(住むところ)という区別ができて、通勤ラッシュがうまれて、モンティパイソンのような笑いが登場したり、新自由主義とか言い出したり、パンクが生まれたり、ほかの国と強調するのかと思ったらEU抜けたり、いいことも悪いこともすべて先取りしているのだ。

高齢化も先取りしていて、スーパーにおばあちゃんがたくさんいた。

イギリスはいまでも先進国だなと思った。

wasabiという和食ファーストフードの店にそうめんがあった。

きっと日本のファーストフードでもそうめんが出る。

エピソードゼロ

去年の夏、「もうひとつの人生ごっこ」という記事を書いた。

自分は知らない部屋にいる。そこに見たことない人が訪ねてくる。彼らは自分を心配して見に来た同僚だという。どうやら自分は無断欠勤をしているらしい。

その後の会話から、この世界では自分はなにをしているのか、なにをしでかしたかを類推してゆくという記事だ。

このような設定を考えてあった。

・職場は大学
・仕事は広報
・自分は花見で酔っぱらって、新人の女性の手を握ってしまった
・それから気まずい

その後、ネタばらしの飲み会をして、実際の職業や名前を明かした。

昨日、そのメンバーで花見をしたのだ。あの気まずくなったきっかけの花見をやりたかった。エピソードゼロである。今は2018年だけど、これは2017年の春という設定だ。

舞台はあの部屋があった日暮里。まったく土地勘がないが、花見ができる公園があった。


このとのときはまだ和やかに花見をしていた(という設定)


このあとに事件が起こる(という設定)

これに登場している女性、砂川さんは筋トレをしているという。もし本当に手を握ってきたら、指をひねったりできますよなんて笑っていた。

そういえばあの記事で住さんは指を怪我していた。


(2017年7月)

これは砂川さんにひねられたのかもしれない。辻褄が合う。

やっぱり徐々にこっちの世界線が中心になっている気がする。

我々は夏にもういちど部屋に集まるのだろうか。

僕も記事にするでもなく、この活動をただ続けているのはなぜだろう。

その理由もそのうち明らかになるのだろうか。

素直に生きよう

先週、1泊2日で名古屋~静岡と取材した。2日で4件、うまくスケジュールできたし先々でいい話を聞けた。

と思って帰ってきたらカメラがない。

カメラが、ない

この2日の成果はどうなるのか。ただの旅行か。全部スケッチの記事にするのか。インタビュー記事でスケッチってありえないだろうが。

ど、どうしたら……と家でくるくる回りながら浜松で乗ったタクシーに電話した。調べて折返してくれるという。少し経って電話がかかってきた。

あってほしい!でもこういうとき思い通りになった試しはない、けどあってほしい。同時に期待するとがっかりするぜと皮肉っぽく考える。しかし…!

「ありました」

よかった。ほんとうによかった。

血の気が引いた身体に再び血がめぐる。指先に体温が戻ってくるのがわかる。

浜松の遠鉄タクシーありがとう、見つけたけどカメラを持っていかなかった人の優しさ。最高だ。

そのときFacebookにこう書いた。

『皮肉ばかり言ったりしてないで人に優しく素直に生きよう。』

昨日カメラが浜松から届いた。偶然同じ日に同じタクシーに忘れられた別のカメラだったらどうしようと思ったが、僕のカメラだった。人のカメラが届いたらそのカメラに入っていた写真で記事を書くしかなかった。


カメラには青空とピザの写真が入っていた

素直に生きようという決意から3日経ったが、あの気持ちはすっかり薄れてなんでそう思ったのか分からなくなっている。

きしめん

名古屋駅のホーム売店のきしめんは美味しい。

そういう話が出回ってもう10年ぐらい経つ。

その話を人にしたとき、こう返された

「でも、きしめんのうまいかどうかってわかります?」

確かに。普段きしめんを食べないので名古屋駅のが美味しいかどうかわからない。でも、名古屋に来たという特別感、でも実は駅のがうまいんだよというトリビア感、それで言いたかったのだ。駅のホームが美味しいらしい、と。

知人の指摘はその言いたいだけの気持ちを晒されたようで、照れた。

逆もある。そんなに酒が飲めない後輩がビールを飲んで「この一杯のために生きてるなー!」と言ったときに思ったのだ。

No おれはそんな一杯のために生きてない。

成功したいとか金持ちになりたいとか、でも楽したいとかいやらしい気持ちいっぱいで生きている。

でもわかる。彼も社会人になってビールを飲んでそう言ってみたかったのだ。

「生き返るわ〜」「マジ卍」「五臓六腑に染み渡りますな」とか、僕らは言いたいだけのセリフを言っているだけなのかもしれない。

そういう形になってないことばは「あの〜なんかあの、なんかピッてできなくって…」とかだらしない言葉だったりする(自動改札で引っかかったとき)。

人くさい

弘前に行ったときに地元の人に街を案内してもらった。

街を流れる川のほとり、橋の下の暗がりが地元の高校生のデートスポットだという。

デートというか、そこでキスをする高校生がいるという話だった。

へー、ここで。なるほどちょうどいいですね、キスだけだったんですかね、いやあ、どうだか、などと下世話な会話をした。

デイリーポータルZの記事で、ライター地主くんがどこかの島で島でいちばんうまい柿の木を教えてもらっていた。うらやましい。

こういう話を聞くとただの橋の下や柿の木が違って見えてくる。人くさくなる。

ニュースではその木が切られたり橋が崩落しないと登場しないのだけど、そういう事件もなく、いまもただある。だからエピソードとしてはまず流通しない。

しかもこの手の話はそのときはふーんぐらいで聞いてしまう。でも、あとで弘前の名前を聞いたときに思い出すのは暗い橋の下にいる高校生である。(見てないのに)

 

やるべき

ハトマスクをかぶった集団ではとバスを借り切ってツアーをしたい。どこからどう見てもハトバスだ。

その企画をテレビを作っている人に話したら

「それはやるべきだ」

と言われた。僕も人の企画に「やるべき」と言う。デイリーポータルZの企画だから、たいていやらなくていいことである。

でもそういうのを迷うことなく「やるべき」と判断できるのはどうしてだろう。

本来、掃除とか確定申告がやるべきなのだが、そっちにはやるべきが発動しない。

はとバスにも問い合わせたのだが、ハトマスクの人を集めて乗るには旅行を主催しないといけなくて、それは旅行代理店しかできないというので代理店にお願いしたがその後連絡が途絶えた。

やんなきゃな。