シブ楽器隊

シブがき隊のバックバンドが「シブ楽器隊」だった。

うまい語呂合わせである。シブがき隊だから、シブ・がっき・隊。なるほど。

しかし語呂合わせやダジャレはよくできていることと面白さが関係ないのが悲劇である。

うまいな、と思うがそれで終わりである。むかし展示会で見たシャープペンシルは芯がたくさんはいるから「シンドバット」だった。

芯がドバっと入るからだ。

うまいけど、「うむ」という思いである。むしろちょっと照れくさい。シャーペンとシンドバット関係ないし。

SMAPのバックバンドが「スマ楽器隊」だったらしいのだが、その乱暴な名前のほうが面白い。こまったことである。

新元号を「文林」と予想した理由

新しい元号が発表になった。そして僕が開催した予想イベントではあたりが出なかった。

そのようすはデイリーポータルZで西村さんが記事にしている。

それでも飽き足らず、会場で発表した予想スライドを説明したい。

僕の予想は「文林」。かすってもない。かすってもないのだが、説明したい。

僕はトータルの画数と漢字の組み合わせの2つで考えた。
まず、過去の元号のトータルの画数をグラフにして、エクセルのforecast 関数というのを使ったら次は14.8と出たのだ。

徐々に画数は少なくなる傾向があり、江戸以降に限って計算すると12.8画となった。だいたい13画ということである。令和は13画である。

ちなみにグラフの右上に小さく数字が書いてあるが、あれは「この推測あてにならないよ」という意味らしい。

そして文字の組み合わせである。元号は247もあるが、使われている漢字は74文字しかないのだ。そのうち2回以上使われている常連は43文字である。

元号を構成する二文字の常連っぷりに注目するとある傾向が浮かび上がってくる。

しかも直近ふたつは「すごく使われているわけではないけど、まあまあ使われている(10~19回)常連」と「初登場」の組み合わせだ。

甲子園で言えば、早稲田実業(29回)のような超常連ではなく、今治西(13回)ぐらいの常連と、初出場の組み合わせである。令和も「令(初登場)」と「和(19回)」の組み合わせである。

中程度の常連漢字は16文字あるが、一文字で画数が10画を超える漢字は組み合わせたときにトータル13画を超えてしまうので除外。ここまで令和の「和」が入っている。

だがそこから平成・昭和で使われた漢字を除外したのだ。ここで間違えた。

軸になるのは「文」として、組み合わせて13画前後になる文字を選んだ。簡単な文字でポジティブなイメージがあるもの。なのに文春が入ってておやっと思った。

ここでエゴが出て「文林」(ぶんりん)としたのはもう決定的に間違った。

会場で予想された元号はこの通り。漢字2文字というところはほとんど合っているのでどれも惜しい。

和平和という3文字の大穴狙いの人もいたが、令和の和が2回も入っているのでほぼあたりである。

このすべてはずれの半紙を月8000円かかる貸し金庫に保管していたのだ。

取り出すときは警備員二人に囲まれて鍵を開けた。令和と発表されたときにあの束にあたりがないのは分かっていたので、いま無をうやうやしく取り出しているなと感じた。

 

たいてい思った通りに動かない

スポーツは自分が思い描いた通りに身体を動かすことが大事だとなにかで読んだ。

でも、楽器をひくこともそうだし、のこぎりで何かを切ることも同じだろう。歌をうたうこともそうだ。

逆に言えば、身体はたいてい思い通りに動かないということである。

オリックスの外野手、杉本裕太郎選手のプロフィールのおれのココを見てくれ!の欄が「バッティング練習」だった。

たぶんバッティング練習だとすごく飛ばせるのでそう書いたのではないだろうか。僕もひとりでカラオケに行ったときのうまさを人に聞かせてあげたいと思う。

(ちなみに実績のあるT-岡田は「バッティング」である

杉本選手が気になって調べていたら、イチローと自主トレが一緒にできて感激したので最後に阿波踊りを披露したというニュース記事を発見した。

お礼に踊りをおどるという昔ばなしみたいなエピソードが最高である。

いつも自己紹介を最初にする人生

相川さんや阿井さんはたいてい出席番号が1番だろう。

新学期の最初の席順は出席番号順だったので、4月は通路側のいちばん前に座っていたはずだ。そして自己紹介も最初である。

一方、渡辺、和田はいつも最後だ。窓際のいちばん後ろの席に座っている。自己紹介はトリ。不良、ではないけどクラスの中心になる派手なやつだった気がする。だから僕も今、渡辺、和田と呼び捨てで書いてしまった。

常に自己紹介を最初にする人生と最後の人生。人格形成に影響を与えているのではないだろうか。

僕は「は」なので渡辺とか和田より少し前、まじめな人とも悪とも距離がある。たしかにその後の人生に影響を受けている。

意外なところでくつろぎたい

国ごとの幸福度ランキングはあるが、人ごとの幸福度は測れないだろうか。

幸せを感じている人ランキングだ。たぶんお金をたくさん持っているかどうかではないだろう。

それで思い出したが、以前新幹線で小さなつまみをたくさん持ち込んでワインを飲んでいる夫婦を見た。赤ワインのボトルをあけて、ワイングラスも持ち込んでいた。

あれはかなり幸福度高そうだ。

チェアリングも幸福度高い。

おれは意外なところでくつろいでいる人に弱いのかもしれない。

よく、洞窟の中にミスタードーナツがあればいいのにと思うがそれもやっぱり「意外なところでくつろぐ」だ。

ロボットはカタカナ

編集者ロボットってできないだろうか。

原稿をうけとった後にお願いすることって、「同じような文章が続いているから削ったほうがいいですよ」とか「最初に何をやるかの説明を書いてわかりやすくしませんか」などけっこう似ている。ロボットが学習したらできるのではないか。

そしてロボットだから「ココ、イラナイ」「モット、ワカリヤスク」など不躾な言い方をしても許されるだろう。

いや、編集ロボットが導入されましたということにして、僕がカタカナでメールを送ればいいだけかもしれない。

食べられる壁

数年前のエイプリルフールにデイリーポータルZで洞窟にコワーキングスペースを作った。ドワーキングスペースである(うまいこと言った!)。

実際に4月1日、洞窟を借りて机を並べて仕事をした。そのようすを随時ネットにアップする。

事前に準備のため、洞窟を貸してくれる地元のフィルムコミッションの男性と下見をした。

貸せる洞窟はふたつ。ひとつは安いけど、洞窟の中に穴があって落ちると死ぬ。

打ち合わせで「落ちると死にますけどどうしますか?」と聞かれたのはじめてだ。

もうひとつは撮影によく使われていて広い。

「しかも、壁が食べられます」

と言って男性は洞窟の壁に張り付いているホコリのようなものを食べた。

落ちるの死ぬ or 壁が食べられる の二択である。なかなかない。もちろん後者にした。

落ちると死ぬのあとだったので「壁食べられるし最高!」とテンション上がったが、エイプリルフールの実施当日「壁食べられるんだよ!」と人に説明したとき、参加者の戸惑いが目に見えてわかった。

ドワーキングスペースの企画は楽しかったけど、バズったかどうかの記憶はない。

ネギ

香川にあるうどん屋で薬味のネギをくれと言ったら店の人にカマを渡されて、外に生えているから自分で刈ってくれと言われた、というエピソードをなにかで読んだ。

さとなおさんのうどんの本か、村上春樹のエッセイだっただろうか。

その後、讃岐うどんブームが来て、その店もテレビで紹介されていた。

レポーターがネギはどこですか?と聞くと店の主人がわりと棒読みで「外に生えているのを刈ってください」と答えていた。

言わされている。

過去の自分にとらわれる、なんて歌詞みたいだけどこんなわかりやすい例はない。ネギ。

でもそこの店に行ったらそう言われたい気もする。

巣箱

経堂駅の構内に休憩コーナーができた。

ホームでもないところで待ったり休む人がいるのだろうか。花に囲まれているのも独特だ。

謎スペースできたな、と思ったら連日満席の賑わいなのだ。なぜ?

巣箱作ったら小鳥が来たよ、みたいな感じである。

おれも今日座ってみた。花に囲まれているのが妙な感覚だった。

経堂に来ることがあったらどうぞ。

スピード写真

広瀬香美の「ロマンスの神様」(1993)という曲にこんな歌詞がある。

> 週休2日しかもフレックス~

すごくいい会社で働いているということを歌っているのだろう。当時は週休二日制じゃない会社もあって、土曜日に半日だけ働いていたのだ。

ドリカムの「あなたにサラダ」(1991) ではこんな歌詞

> 夕方もう6時をまわり、閉店まであと30分足らず デパートは夕飯の買い物のおばさまでごったがえす

デパートの閉店が早すぎないかと思うが、当時の閉店時間は19時だったのだ。週に1回の定休日もあった。

広末涼子の「大スキ!」(1997)にも

> スピード写真に寄り道、1時間後です。

とあってフィルムを現像している。フィルムカメラなんて今となってはとんだマニアである。

20年ぐらい前の歌でもうっかり今ないものが歌われている。いまスマホが登場する歌も20年後に見て懐かしさに震えるのだろう。