いらぬ心配

知人がfacebookにこんなことを投稿していた。バスのタイヤの上の座席にすわると膝が高い位置にきて恥ずかしい、と。

僕もまったく同じことを思っていた。しかも、もしバスが消えたら僕はあの可愛らしい姿勢のまま宙に浮いてしまうのだ。それは相当恥ずかしい。

トイレでもたまに思う。ここトイレだよな?いいんだよな?と心配になる。壁が消えたりしないでくれ!とも一瞬考える。

数年前に駅で女性誌のポスターを見て、何かの間違いでここに混ざることになったらどんな表情していいかわからないなと心配したこともある。

SMAPに入ったらどうしよう、誰に最初になんて言って話しかけようか、という心配はもう心配しすぎて段取りができているので安心である。

と思ったら解散してしまった。

アプリ内課金か

大阪で3時間ぐらい時間があいたのであべのハルカス展望台に登った。ひとりで。

大阪の街を見下ろしていて思ったのは、「あんまり面白くない…」だった。

あべのハルカスのせいではない。住んだことがない街だからだ。

東京ならば、「あっちが会社だ」とか「あれは昔住んでいた家の近くのガスタンクだ」「あの橋の近くで忘年会やったな」など思うのだが、土地勘がないので大阪城と心斎橋のドンキぐらいしか分からない。ただ高いだけだ。

高いところからものを見るというのは、記憶を見ているのだ、なんて思った。

グーグルマップと同じになるように写真を撮ったり、玉出を探したりしていた。

 

街に対する記憶がないのでグーグルマップぐらいしか手がかりがない。


遠くからもわかる玉出


窓から見えるものの解説に古墳があったのには興奮した

展望台で記念写真コーナーのスタッフがお持ちのスマホでも写真を撮りますと声をかけていた。

そのとき同時に記念写真コーナーの一眼レフでも撮る。その写真は出来上がりを見て気に入ったら買えばいいし、買わなくてもいいとのこと。

でも、僕のスマホでも撮ってくれるわけだし、それでいいじゃんと思ってお願いした。

スマホと撮ってくれた写真を見て感心した。

窓を背にするので逆光なのだ。スマホだと僕の顔が暗い。でも記念写真コーナーのカメラはフラッシュを使っているので、きっちり顔が写る。親切なんだけど差ができる。

うまい商売だ。なるほどと思った。

後学のために買った。


展望台は有料だが、そこから屋上にも行けると案内があった。地上300mの吹きっさらしである。魅力的だがプラス500円だった。

アプリ内課金みたいで笑った。

なんだかんだひとりでも楽しんでるな。

もうひとつの人生ごっこ、その後

デイリーポータルZで「もうひとつの人生ごっこ」という記事を書いた。

知らない部屋にいると会ったこともない「友達」がやってくるという企画だ。Airbnbで知らない街にいるとき、こういう人生もあったのかなと思う妄想を実際にやってみた。

撮影のときは「友達」役はさっさと帰ってしまったので、被験者の住さんにはふたつの世界が分断したままである。なので住さんと「友達」が打ち解ける飲み会を開いた。

「友達」は一体誰なのか、ふだんは何をしているのかを話して、ふたつの世界がひとつになった。

記事のなかのもうひとつの世界では、住さんは花見で酔っ払って女性の手を握ったという設定である。

だから来年の春にこのメンバーで花見に行くことにした。あのもうひとつの人生の舞台の街の近くがいいだろう。そこで住さんが酔っ払って本当に女性の手を握らないか期待している。

ふたつの世界がひとつになって(いまここ)、今度は向こうの世界に統合されていくのだ。

なにかあったらどうする

「なにかあったらどうする」という脅し文句が嫌いだ。

なにが起こるかを考えさせたうえに、どうするかも考えろという。汎用性ありすぎるし、言ったほうはなにも考えてない。そのくせ偉そうだ。法律で禁止した方がいいぐらいの呪いの言葉である。(仕事でよく言われる)。

ということをデイリーポータルZのメルマガで書いたところ、編集部の藤原が「なにかあったらどうする」と言われたときはたいてい江戸時代にタイムスリップしたらどうするかを考えている、と書いていた。(デイリーポータルZのメルマガはリレー形式なのだ。)

「なにかあったらどうする?」と脅したほうも、まさか江戸時代にタイムスリップしたときのことを考えているとは思わないだろう。

脅しを無力化するのにはぴったりなので、僕もこれからそう言われたら江戸時代にタイムスリップしたときのことを考えよう。

 

猫サイレン

隣の駅まで買い物に行ったらどこからか、「ニャオン  ニャオン   ニャオン 」という猫の声が聞こえた。

しかも近づいてくる。

すると、猫が入ってるカゴを乗せた自転車が通り過ぎた。カゴのなかで猫が抗議の声を上げているのだが、それが一定の間隔なのでサイレンのようになっていた。

買い物をした帰り、また遠くから「ニャオン ニャオン…」という音が近づいてくる。「え?また?」と思ったらさっきの自転車が通り過ぎた。

たぶん動物病院に行くときと帰ってきたところだったのだろう。

隣の駅に行くたびに、猫サイレンの自転車また来ないかなと思っている。

グーグルバー

むかし八丈島に取材に行ったときに民家兼バーのようなところに行った。マスターがカクテルなんでもお作りしますよと言うのでスクリュードライバーを頼んだら、「承知しました」と言って後ろを向いた。

パソコンを触っているので何をやっているのかと思ったら作り方を検索していた。

ワルシャワを訪れたとき、ものすごく胃が痛くなった。胃薬が欲しい。検索してもドラッグストアは遠いし、ホテルのフロントでもらえないだろうかと思って「胃 痛い」と説明したところ、受付の女性がわかったと言ってパソコンを叩き始めた。

グーグルマップを見せられて、ここにドラッグストアがあると教えられた。

それ知ってる。

「クイズ!ググってOK」というクイズ企画をずっとあたためているが、そのうちやろう。検索していいクイズである。

写真貼らなくていい

トーカ堂(テレビ通販)のエブリオの紹介で、写真が1万枚撮れますという説明のときに壁3面にみっちり写真が貼ってある小部屋が映る。小部屋には女性がいて両手を広げている。

写真が1万枚と言うんじゃなくて、写真を印刷して壁にみっちり貼る。

はっきり言って貼ってある写真が1万枚かどうかなんてわからないのだが、「おおお」と思う。

健康食品の通販で、なかに入っている「ヒアルロン酸」「コラーゲン」などの要素をやたらとでかい箱で表現してる(これ)。あのデカさは必要ないのだが、盛り上がる。

むかし聞いた話だが、テレビのニュースがCM前になると引きの映像になってキャスター同士が雑談をしているのも演出だという。ああすることで印象が良くなるらしい。

そういうノウハウは全部知りたいのでどこかにまとまってないだろうか。

関係ない話だが、トーカ堂の社員は14名だそうだ。そんな小さい会社だったのか。

2017.6.26追記

妻が写真を撮ってくれたので追加

すごい

プラダ

アメリカ出張中、バーに入ったら60ぐらいのおじさんがウェイターをしていた。プラダのメガネをかけて、ビールをゆっくり運んでくる。「10ドル」と言ってお金を受け取って堂々と戻っていく。

へーと思って見てた。こういう老後もいい。

アメリカの接客業は高齢の人も働いているし、そもそも適当である。

しかし適当だと思うということは、僕のなかに「お客様は神様だろう」という傲慢な考えがあるのかもしれない。日本の居酒屋の「はい喜んで!」みたいなやりすぎの姿勢(ほぼ服従だ)に慣れてしまっているのかも。売り手と買い手は対等なのに。

クレーマーの話を聞くたびに嫌な気分になるが、僕にもその芽があるということだ。気をつけなければ。

と、ビール飲みながら考えていたが、おじさんのウェイターは1時間ぐらいでいなくなった。

あれ、ウェイターじゃなくて常連の客が手伝っていただけかもしれない。おれの内省を返せ。

 

うんこと仇討ち

さるかに合戦はどうかしている。

親を殺された子蟹が集める仲間がハチとクリと牛糞と臼である。ようやく生きているのはハチだ。牛糞は微生物レベルで生きてそうだけど、うんこである。臼に至っては無機物。

なかまがうんこ。

世界一頼りないパーティーである。

水曜日のカンパネラの桃太郎という歌で家来が犬と猿とキジであることを「ペットといっしょに鬼退治とか絶対正気じゃない」と歌っていたが、うんこよりはましかもしれない。

ところで桃太郎の犬と猿とキジは実は方位を示しているという話を聞いたことがある。鬼門とかそういう話である。

うんこはそういう意味もなく、おもしろ半分で加わっていてほしい。

名前書いただけ

アメリカ出張中にスーパーでコーラの名前入りボトルを見かけた。世界中でやっていたのか。

気になって調べたら、名前を入れるのはShare a Cokeというキャンペーンで、全米ではこれでコーラの売上が2.5%伸びたのだという。

名前を入れただけで!

自分の名前が書いてあると、「わーおれのだー」と思って買ってしまうのだ(僕も買った)。

その行動は人間の浮かれっぷりをよく表しているというかばかみたいというか、ばかだ。

とにかく商品は輪ゴムでも鬼殺しでもよくある名字を書いておけばその人たちが買うのではないだろうか。

ちなみにうちの近所では佐藤さんボトルばかり売っていた。よくある名字=つまりマーケットが広いからか、佐藤さんは浮かれて買わなかったからだろうか。