素直に生きよう

先週、1泊2日で名古屋~静岡と取材した。2日で4件、うまくスケジュールできたし先々でいい話を聞けた。

と思って帰ってきたらカメラがない。

カメラが、ない

この2日の成果はどうなるのか。ただの旅行か。全部スケッチの記事にするのか。インタビュー記事でスケッチってありえないだろうが。

ど、どうしたら……と家でくるくる回りながら浜松で乗ったタクシーに電話した。調べて折返してくれるという。少し経って電話がかかってきた。

あってほしい!でもこういうとき思い通りになった試しはない、けどあってほしい。同時に期待するとがっかりするぜと皮肉っぽく考える。しかし…!

「ありました」

よかった。ほんとうによかった。

血の気が引いた身体に再び血がめぐる。指先に体温が戻ってくるのがわかる。

浜松の遠鉄タクシーありがとう、見つけたけどカメラを持っていかなかった人の優しさ。最高だ。

そのときFacebookにこう書いた。

『皮肉ばかり言ったりしてないで人に優しく素直に生きよう。』

昨日カメラが浜松から届いた。偶然同じ日に同じタクシーに忘れられた別のカメラだったらどうしようと思ったが、僕のカメラだった。人のカメラが届いたらそのカメラに入っていた写真で記事を書くしかなかった。


カメラには青空とピザの写真が入っていた

素直に生きようという決意から3日経ったが、あの気持ちはすっかり薄れてなんでそう思ったのか分からなくなっている。

きしめん

名古屋駅のホーム売店のきしめんは美味しい。

そういう話が出回ってもう10年ぐらい経つ。

その話を人にしたとき、こう返された

「でも、きしめんのうまいかどうかってわかります?」

確かに。普段きしめんを食べないので名古屋駅のが美味しいかどうかわからない。でも、名古屋に来たという特別感、でも実は駅のがうまいんだよというトリビア感、それで言いたかったのだ。駅のホームが美味しいらしい、と。

知人の指摘はその言いたいだけの気持ちを晒されたようで、照れた。

逆もある。そんなに酒が飲めない後輩がビールを飲んで「この一杯のために生きてるなー!」と言ったときに思ったのだ。

No おれはそんな一杯のために生きてない。

成功したいとか金持ちになりたいとか、でも楽したいとかいやらしい気持ちいっぱいで生きている。

でもわかる。彼も社会人になってビールを飲んでそう言ってみたかったのだ。

「生き返るわ〜」「マジ卍」「五臓六腑に染み渡りますな」とか、僕らは言いたいだけのセリフを言っているだけなのかもしれない。

そういう形になってないことばは「あの〜なんかあの、なんかピッてできなくって…」とかだらしない言葉だったりする(自動改札で引っかかったとき)。

人くさい

弘前に行ったときに地元の人に街を案内してもらった。

街を流れる川のほとり、橋の下の暗がりが地元の高校生のデートスポットだという。

デートというか、そこでキスをする高校生がいるという話だった。

へー、ここで。なるほどちょうどいいですね、キスだけだったんですかね、いやあ、どうだか、などと下世話な会話をした。

デイリーポータルZの記事で、ライター地主くんがどこかの島で島でいちばんうまい柿の木を教えてもらっていた。うらやましい。

こういう話を聞くとただの橋の下や柿の木が違って見えてくる。人くさくなる。

ニュースではその木が切られたり橋が崩落しないと登場しないのだけど、そういう事件もなく、いまもただある。だからエピソードとしてはまず流通しない。

しかもこの手の話はそのときはふーんぐらいで聞いてしまう。でも、あとで弘前の名前を聞いたときに思い出すのは暗い橋の下にいる高校生である。(見てないのに)

 

やるべき

ハトマスクをかぶった集団ではとバスを借り切ってツアーをしたい。どこからどう見てもハトバスだ。

その企画をテレビを作っている人に話したら

「それはやるべきだ」

と言われた。僕も人の企画に「やるべき」と言う。デイリーポータルZの企画だから、たいていやらなくていいことである。

でもそういうのを迷うことなく「やるべき」と判断できるのはどうしてだろう。

本来、掃除とか確定申告がやるべきなのだが、そっちにはやるべきが発動しない。

はとバスにも問い合わせたのだが、ハトマスクの人を集めて乗るには旅行を主催しないといけなくて、それは旅行代理店しかできないというので代理店にお願いしたがその後連絡が途絶えた。

やんなきゃな。

ラーの実

むかし知人が「ラー油ってさ、おれ、ラーの実から採れると思ってたよ」と言っていた。

ラーの実ってなんすか?と聞くと

「知らない」

とのこと。でもラーの実があったらラー油の名前は辻褄があう。ごま油、なたね油のようにだ。

それからラー油を見るたびに「ラーの実…」と思うようになってしまった。

そしてだんだんわからなくなって、いつか僕も「ラーの実から採れると思っていたよ」と人に言うようになるのだろうか。

どんな呪いだ。

林の歌

数年前に「世界林氏宗親總會」というサイトを見つけた。

林姓の人の集まりらしい。林は東アジア全体にいるので国際的である。林のロゴや役員の名前がすべて林なのがよい。

林グッズを自ら作ったり、林百貨店に行ったりしているのでとても興味がある。

最近読んだ本に、儒教では宗族という血縁集団があると書いてあった(この本)。姓を同じにして助け合い、先祖崇拝のベースになっているという。宗親会もその流れにあるらしい。

だから他にも王氏、毛氏などにも宗親会がある。

林姓の人だけが林好きすぎて会を作っているのではなかったのだ。

林グッズ作っているのでおれも入れて!と連絡しなくてよかった。

しかし林の歌が堂々としてかっこいい(同じ林姓の‎アートディレクター林曉甫さんに教えてもらった)。

歌詞が七言律詩なのもかっこいい。

この情報、林姓の人以外には情報ゼロだな。

二子玉川・十二社・大森海岸

会社が二子玉川にある。

二子玉川の歴史が書いてあるサイトを読んだところ、砂利をとる場所だったが電車が通って行楽地になったと書いてあった。多摩川に舟を浮かべたり花街があったらしい。(花街はいわゆる風俗街だと思うんだけど料亭があったり舟遊びができるニュアンスがよくわからない)

前に職場があった西新宿もそうである。十二社という池のほとりにはそういう店が並んでいたという。その前に働いていた大森もそうだ。大森海岸が花街でここはいまでもラブホテルや風俗店が残っている。

つまり、職場がずっと元花街である。

金融などのエスタブリッシュな会社は丸の内や日本橋にあって、ネットみたいな新しい仕事は新興の街にある。

新興の街は元花街であることが多いので自然とそうなるのかもしれない。

しかし思うのは昔の人は水があるとすぐ舟を浮かべるな、ということである。

No Phone AirとNo Phone Selfie

ツイッターにNo Phone Airについて書いたところ「あれはなんだ」という反応があった。

No Phone Air は No Phoneというなんの機能もない電話(の形をした板)を売っている会社のいちばん新しい商品である。このサイトで6ドルで買える。

No Phoneは2014年にキックスターターというクラウドファンディングのサイトに登場した。

iPhone型のただの板。バッテリーもモニターもなんの機能もない。

皮肉と冗談のプロジェクトに18,000ドル(200万円ぐらい)の支援がついた。僕はクラウドファンディングのあと公式サイトで売られているのを買ってブログに書いた。

NoPhone

気に入ったのでデイリーポータルZの友の会の会員向けのグッズとして配布した。1000円払ってデイリーポータルZの友の会に入ると電話みたいな板が送られてくるのだ。

http://dailyportalz.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/nophone-6e47.html

その後、NoPhoneはNoPhoneZeroという刻印がないバージョンや、鏡を貼っただけのNoPhoneSelfieという新商品をリリースしていた。

さすがにNoPhoneZeroはキックスターターで集まった金額が1,200ドル(13万円ぐらい)に減っていた。NoPhoneZeroのビデオはただBGMを流して板がくるくる回っているだけの前衛的なものになっていた。考えすぎているのが伝わる。

NoPhoneSelfieも持っているのだが、肝心の鏡が歪んでいるのがすごい。


ここ肝だろ、というところなのに

NoPhoneのサイトではいつも安売りしているし、50枚セットとかやけになったものを売っている。

そのNoPhone社の一昨年の新商品がNoPhoneAir。ついにパッケージだけになったのに感動した。こんどの動画はいかにもクラウドファンディングな動画をパロディにしたものだった。

動画タイトルにfinally hereと言ってるので自分たちでもついにここまで!みたいな気持ちがあるのだろう。途中で刀鍛冶が登場したりして、完全にふざけている。0:55あたりにとってつけたようなCGが現れる。

僕もクラウドファンディングの偽動画を作ったときにCGは外せないと思って入れたのでその気持はよく分かる。1:18あたり。

僕は偽動画を作っただけだけど、NoPhoneは実際に売って冗談を行動に移しているところがうらやましい。

まったく儲かっている気がしないけど。

彼らはアメリカ版のマネーの虎のような番組に出たりもしているようだ。

https://www.thenophone.com/blogs/news/116858371-the-nophone-will-be-on-shark-tank

そして出資を断られている。それどころか2016年のこの番組の最悪の瞬間のベスト6に選ばれている。

よくNoPhoneで4年も商売をしているなと思う。勇気が出る話である。

信頼できる

ライターパリッコさんとの対談で(この本)、僕が自腹で取材旅行に行って働けば働くほどお金が減ることについて「それでこそ信頼できる!」と発言してくれていた。

僕もバイバイワールドの高橋さんが過去に作った動画を見たときにそうと思った(この収録で)。

河原を自作のコスチュームを着てカブで走っている映像だった。それをヒーローもののオープニングのようにしている。自主映画の雰囲気だ。こういうのを作る人は信頼できる。

大人なのに変わったシャツを着ている人を見てもそう思う。

損得が計算できない人や変な服、間違っているのに信頼できると思うのはどうしてだろう。

いや、信頼できると思うのが間違っているのかもしれない。

ビジネス研修

10年ぐらい前、親会社の合同研修に「ビジネスカジュアルでお越しください」と書いてあったので、よくわからないのでパーカーで行った。

その研修は富士山の中腹にある工場、そこに併設されている研修施設で開催された。グループ会社の僕は途中からの参加で、夕方にひとりで向かった。

が、タクシーで行き先をちゃんと伝えなかったので研修施設ではなく工場についてしまった。工場でここではないと言われて、研修施設までの道を教えてもらった。
工場の敷地は広いので、研修施設まで少しある。

このような位置関係である。

山道を横移動しなければならない。どんどん暗くなる山道を歩いているとどこからか犬の声がしてきた。野犬か。追われている脱獄囚みたいな気分になった。こういうときは川に入って匂いを消すんだっけ。

研修のつもりがとんでもないことになったぞと思った。

そして研修施設についたらパーカーだったので新人研修の部屋に案内された。

その研修でも50すぎの半導体工場勤務の部長が新人役、僕が上司役というロールプレイをしたのも濃い経験だった。

仕事をしていると、これコントだなと思うことがたまにある。