ばかの目線で世の中を見る

ばかの目線で世の中を見るようにしている。

・仕事で「走りながら考える」と言われたとき(とりあえず始めてから修正していくという意味)、「え、走るんですか?」と答える。

・ドラマで新幹線の外観→車内で話している人たちとシーンが切り替わっても、さっき見た新幹線と写っている車内は別だと考える。

・新宿の青梅街道沿いのビルに大きく「カラオケ館」と書いてある。青梅街道を新宿方面に歩いてくるとそこから「カラオケ館」という地域のように見える。なのでそう思う。

・「海物語」と書いてある店があったら、海にまつわるお話を聞かせる店だろう。

無粋にものを見ると世の中のつながりは危うくてよくこれで意味が通じてるなと思うことばかりである。

上司と掛け合いまして

資料請求したとある会社から営業電話がかかってくる。

「キャンペーンは先月末まででしたが、私が上司と掛け合いまして林さまに限ってはキャンペーン価格で申し込めるようにしました」

『上司と掛け合って特別に』

そういう営業トークは若いころおれもしたことがある。バブルの前からある話法じゃないだろうか。

人類は言葉を持ったので世代を超えて知識を伝えられるようになった。それで飛躍的に発展した、らしい。

ただしその営業トークは1990年代の時点で効果がなかったことについては後世に伝わってない。

近所を歩いている小学生が、ランドセルを腹に、上下逆にかけて歩いていた。

すこし歩いたところでランドセルのふたが開いて中の教科書をぜんぶ道にぶちまけた。

それ、おれもやった。何十年もばかな子どもがずっとやっているんだろう。

いまの小学生はかっこいいズボンを履いて(ピチピチに短い半ズボンとか履いてない)ランドセルの色もしゃれている。

だけどやっていることは40年前と変わってない。

「ランドセルをふざけて背負うと教科書をぶちまける」。これもまた後世に伝わってない知識である。