きしめん

名古屋駅のホーム売店のきしめんは美味しい。

そういう話が出回ってもう10年ぐらい経つ。

その話を人にしたとき、こう返された

「でも、きしめんのうまいかどうかってわかります?」

確かに。普段きしめんを食べないので名古屋駅のが美味しいかどうかわからない。でも、名古屋に来たという特別感、でも実は駅のがうまいんだよというトリビア感、それで言いたかったのだ。駅のホームが美味しいらしい、と。

知人の指摘はその言いたいだけの気持ちを晒されたようで、照れた。

逆もある。そんなに酒が飲めない後輩がビールを飲んで「この一杯のために生きてるなー!」と言ったときに思ったのだ。

No おれはそんな一杯のために生きてない。

成功したいとか金持ちになりたいとか、でも楽したいとかいやらしい気持ちいっぱいで生きている。

でもわかる。彼も社会人になってビールを飲んでそう言ってみたかったのだ。

「生き返るわ〜」「マジ卍」「五臓六腑に染み渡りますな」とか、僕らは言いたいだけのセリフを言っているだけなのかもしれない。

そういう形になってないことばは「あの〜なんかあの、なんかピッてできなくって…」とかだらしない言葉だったりする(自動改札で引っかかったとき)。