グウの音も出なかったほうの人

ネットでよく出回っている話に感動ものがある。駅やバスのなかでひどい言動をした人が女子高生やバスの運転手になにか言われてグウの音も出なくなるというパターンだ。たぶん作り話だけど。

ああいう話でいつも想像するのはグウの音も出ないようなことを言われた人のその後だ。悔しいだろう。大勢の人の前で辱めにあったことを恨んだり、それより単純に恥ずかしかったり、自分に非があるとかないとか考えるより前に消えてしまいたい気持ちだろう。いろんな感情がないまぜになって歩きながらグシャグシャになってるかもしれない。その人が電車に乗って家に帰るまでが気になる。

痛快さは問題の解決にはならない、ということを言いたいのではなくて、描かれないところが気になるのだ。

水戸黄門で印籠を出された人はどれぐらいしたら、折り合いがついて「おれ印籠出されちゃったんだよね」と人に言えるようになるだろう。

10年以上前に宮城さんが紅白歌合戦でSMAPの後ろでエアギターをしたことがあった。結局4フレームぐらいしか出なかったのだが(毎秒30フレームとして4フレームだ)、知り合い10人ぐらいがどきどきして待っていた。出た瞬間も、あ、いま出た!と大騒ぎになった。

紅白歌合戦1回にバックダンサーが200人いたとして、その家族と友達が少なくとも10人とすると、合計で2000人がどきどきして見ているのだ。

その2000人を想像しながら後ろの方の人ばかり見ている。

CMでもメインのタレントの後ろにいる人が気になる。気になるのでその人のブログを探したりして、そこに「CMに出ました。ちょっとだけだけど!」なんて書いてあると最高である。

理不尽な進化という本を読んでいた。それも進化の過程で絶滅した生物にフォーカスをあてる内容だった。

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