家で検討

金融商品のCMで、妻が夫に「ねえ、これ検討してみない?」と言っていた。居間でだ。

金融なのでなにかしらの規制でそういうセリフになったのかもしれない。「買おう!」などの直接的な表現がNG だったりするのだろうか。

しかし家で妻が「検討」と言うのがおもしろい。

晩ごはんを検討する
検討の結果、焼きそばになった
承知、再検討は不要

あの夫婦は普段もそんな話をしていて欲しい。そして焼きそばを食べるのだ。

サン社員牧場

ニンテンドースイッチに寿司屋になるゲームがあった。客のオーダーに応じて寿司を握って出すのだ。

労働である。

むかしから農場経営ゲームやコンビニ経営ゲームなど、それ仕事だろというゲームはある。モニターとコントローラーで労働もゲームになるのだ。

上司の命令を言葉巧みに人に振り、原材料を安く仕入れて高く売る、パワポのページをかさ増しするなど、会社員としての仕事もばりばりゲーム化できそうである。

普段の僕のデスクワークをコントローラーでやればいいだけ、という気もする。

裸の夢

裸の夢をよく見る。

見すぎて最近では夢の中では当たり前に裸である。このまえ取材に行く夢を見たが、展開に関係なく僕だけ裸だった。そのうちテレビ会議に裸で参加する夢を見るだろう。

ところで、いまZoomのURLを公開すると裸の人が参加してくるらしい。嫌がらせなのかリモート露出狂なのかは分からないが存在するらしい。

その裸の男をよく見ると自分だったら………!

リモート会議で夢の中の自分と交差するのだ。世界の終わりとハードボイルドワンダーランド、火の鳥太陽編みたいで興奮する。

いつか入れ替わったら……すげえ嫌だな。

のぼり「たけつめ」

魅力のないのぼりの写真を集めている。

これまで見たなかでいちばん魅力がなかったのは「たけつめ」である。

(次点は用賀の不動産屋で見た「見積もり」)

のぼりを見かけて「お、丈つめしていくか!」とは思わないだろう。そんなことをしていったらズボンの裾がどんどん短くなってしまう。

「美容院」というのぼりも意外だった。のぼりを見たところで髪が伸びてなければ切らないし、伸びたらのぼりに関係なく切る。

どうやら自分の都合が大きいものはのぼりに向いてないようだ。

しかし、「カレー」「ビール」ののぼりを見るとどうして店に入りそうになるのだろう。カレーを食べること、つまり空腹だって自分の都合なのに。

自分の意思とはなんだろう。

「中動態の世界」ってこういうことだろうか(第1章しか読んでない)。

ところで「たけつめ」ののぼりは筑波でバスから見て写真を撮れなかった。もういちど行こうかな思うぐらい、見たい。

ゴリラのイメージ

ゴリラについて考えている。

きっかけは古雑誌にあったテレビ番組の案内だ。

1975年のテレビドラマだそうだ。ザ・ゴリラ7。主人公をゴリラ呼ばわりするのが意外だった。

キャラクターも実際にゴリラだし。

デイリーポータルZ はげます会で教えてもらったところ、フランスの大統領護衛官のニックネームからとっているそうだ。大統領護衛官をゴリラって呼んでいたのか。バカにしているか(と今だったら思ってしまうだろう)。

このころ、ゴリラはかっこいいイメージだったのかもしれない。

気になって映画データベースで「ゴリラ」の語を含む作品を調べた。

1939 ゴリラの脅迫状
1940 復讐のゴリラ男
1954 ゴリラの復讐
1956 獣人ゴリラ男
1956 漫才学校 ゴリラ大暴れ
1965 狼少年ケン 誇りたかきゴリラ
1967~1968 特攻ギャリソン・ゴリラ
1969 暴行魔ゴリラー
1970 地底の原始人・キングゴリラ
1975 ザ・ゴリラ7
1977 野獣の救出部隊ゴリラ・コマンダー
1979 地獄のボディガード・スーパーゴリラ/ヨーロッパ犯罪地帯を暴く
1986 アーノルド・シュワルツェネッガー/ゴリラ
1988 ゴリラフォース
1989 ザンゴリラ
1989~1990 ゴリラ・警視庁捜査第8班
1991 ゴリラ・コマンドー
1992 ゴリラーマン
1992 ゴリラ2
1993 ゴリラは真昼、入浴す。
1993 ゴリラーマン2

1960年代まではゴリラは悪者だが、1970年代になるとボディガード、救出部隊などヒーローになる。


1956年


1986年

1986年はシュワルツネッガーがゴリラになった。でも原題はゴリラじゃなくてRAW DEALなのでこのゴリラ観は日本だけである可能性はある。
原題に関係なくゴリラってつけちゃうのひどい(と思う僕は別のゴリラ観にとらわれている)

1988年にシガニー・ウィーバーがゴリラの研究者の役を演じる映画「愛は霧のかなたに」があることもはげます会で教えてもらった。この映画のゴリラはやさしいのだ。

1990年代に入るとゴリラーマンが登場しておもしろのイメージになる。

これだけでの資料で決めつけると、ゴリラのイメージは「怖い」→「かっこいい」・「やさしい」→「おもしろい」で変遷しているのだ。

前にも書いたがゴリラはパチンコ屋などにぶら下がっている。場末の繁華街やちょっと古いビルが多くて、新しいビルでは見かけない。渋谷の再開発でたくさんビルが建っているがどこにもゴリラはぶら下がっていない。

あの偶像崇拝ゴリラはきっと「怖い」「かっこいい」の時代に作られたものだろう。

その後、「おもしろい」になってからスナックの名前になったのではないだろうか(「ゴリラ」って飲食店ありますよね)。

スナックゴリラの開店時期については今後の課題としたい。

目黒には「ゴリラーメン」というラーメン屋があった。ゴリラとメニューのハイブリッドな名前である。

ゴリラのイメージについてはデイリーポータルZでも西村さんが辞書でのイメージを調べている。

国語辞典のゴリラがだんだんやさしくなる

店名のゴリラについては大北さんが書いている。

「ゴリラ」という店にゴリラな人はいるの?

このほかにもゴリラの記事が多くて、デイリーポータルZってこんなにゴリラのこと書いていたのかと驚く。それもまたゴリラのサブカルチャー化なのかもしれない。

校長の記憶

不思議な記憶がある。小学生のころ、朝礼での校長の挨拶がおしっこの味だったのだ。

「おしっこは、苦いです」

そう聞いた記憶がある。

でもそんなことあるだろうか。そこからどんな教訓を導けばいいのだろう。

僕が通っていた小学校は練馬区の住宅街にあったので、校長の話は校庭のスピーカーを通して近所の家に響く。その音を仲間の遠吠えと勘違いした犬が遠吠えをすることもある。小さい女の子は貧血で倒れる。

そんななか、校長はスピーカーを通しておしっこの味の話をしたのだろうか。

やっぱり僕の勘違いだった気がしてきた。40年前、仲町小学校に通っていた人に聞いてみたい。校長はおしっこの話をしただろうかと。

ネットフリックスのモキュメンタリーみたいになるかな。

「ついで」

9年前、痔ろうになって手術をした。

検査が痛かったり、術後の症状に一喜一憂したり、自分にとっては一大事だけど世間的にはよくある体験をした。

でも、ひとつだけ覚えてることがある。

痔ろうになる前にいぼ痔があったのだが、それを医者が「ついでに取っておいたよ」と軽く言ったのだ。

その痔もまあまあ悩みのタネで、座り仕事が多くなると悪化して(だから単行本を出すたびに悪化していた)なんどか病院に行った。

そんな長年の悩みが「ついで」で治ってしまったのだ。

拍子抜けするような幸運だ。

ああいうラッキーな「ついで」、またないかなと思っているがなかなかない。

「なにもしない」ができない

いま(2020年3月5日)、みんな焦ってる。

新型コロナウイルスが流行らないように学校が休みになり、在宅勤務が推奨されて会社に行かないことが良しとされている。遊園地やイベントなどは中止されて、行くところはないが時間はある。

このたくさんある時間、どこに行っても人がいないこの時期に何かできるんじゃないか。なにかやっておくべきなんじゃないのか。そう考えている人が多い。

オンライン学習サービスが無料になったりしているけど、クリスマスプレゼントに偉人伝を買い与えるような感じはある。

僕はもともと会社であまり仕事をしないし、学校も関係がない。それでも「やらなければ!なにかを」みたいな気持ちに襲われる。

「毎日バッティングセンターに行って、バッティングをうまくなるのはどうだろう?」

ついにそんなことまで言ってしまったりしている。なんでそんなことするのだ。

「なにもしない」ができない。来年のドラフト会議でも目指すか。

会社に秘密にしたいこと

いつも頼んでる運送屋さんに撮影の小道具を運んでもらった。

運送屋さんは断片的に僕の仕事を知っている。そしてちょっと違ってるところもある。

・なにかを作って撮影する仕事である(◯)
・映像の仕事だと思っている(✕)
・林はそのチームの長である(◯)
・別の仕事の人にあのチームは業界で有名だと聞かされた(△)
・イッツコムという会社は知らない

その結果、イッツコムは僕がメディアを運営するために作った会社だと思っているようだ(会社と東急グループの人には聞かせられない勘違いである)。

お金関係も見てるのか聞かれたので、それは別の人間にお願いしていると答えたら

「そうか、経営は別の人に任せているんですね」

と言っていた。ルノアールの立替を人にお願いしているということを言ったつもりだったのだが。

そしてビルを見て驚いてた。

きっとこれ全部がデイリーポータルZだと思っている。
(実際は決まった席もなく、会議卓みたいなところに身を寄せ合っている)

でも訂正も面倒だし(ちょっといい気分だったので)そのままにしておいた。

自分は会社の社長だと子どもに嘘をついてしまったお父さんがつじつま合わせするコントのようなことがいつかあるだろう。

肩からジャケットをかける

都営新宿線 新宿駅に向かうエスカレーター脇にこの看板が出てる。

駅ビルのレストラン街の広告だ。

女性が肩にジャケットをかけているが、右でごはんを前にしたときには袖にジャケットが見える。

食べるときはジャケットを着ているのだ。

つまり、
1.憂いを帯びた表情(お腹が空いている?)でごはんを待ち
2.ごはんが来て食べようとしたがジャケットが滑り落ちそうになる
3.どこかにジャケットかけるところないか探したがちょうどいいところがないので、着ちゃうか
4.いただきます
ということだろう。ひとりで食べるには多すぎるから張り切るのもわかる。

いつもエスカレーターに乗りながら2~3のシーンを想像している。

しかしだ。肩にジャケットをかけた女性が僕の人生に登場したことがない。たまに見かけるの実在するのだろう。神戸で見た。

でも交友関係でも仕事関係でもそんな人は登場しなかった(金髪に染めている人はやたらと登場する)。同じように見えて世界は別れている。

想像だけど、肩にジャケットをかける女性の世界では、男性はみな肘当てがついたツイードのジャケットを着ていると思う。