寒さも暗さも感じてなかった

毎日寒い。数年前から冬が辛い。寒いからだ。

10年ぐらい前にしばれフェスとか極寒の焼肉祭りとか寒いところの取材ばかりしていたが、実はそんなに寒さを感じてなかった。寒くておもしれーぐらいの感じだった。

だが、いまは寒い。あと、夜に暗いなと感じるようになった。

前は夜に暗いということを意識してなかった。そういえば暗いな、ぐらいだった。

寒さも暗さも感じてなかったのだ。

いったい脳からなにが出ていたんだろう。

猿の記憶

ニュートンに類人猿が大型のネコ科動物に狙われているイラストが載っていた。数十万年前の想像図である。

ぽてぽてと歩く類人猿を樹の上のヒョウみたいな動物が見ているのだ。たぶんこのあと食われる。

猿が人になって道具を発明するまで大型の肉食動物に食われまくっていたのだろう。

別の雑誌ではインドで呪術にヒョウの毛皮が使われているという記事を読んだ。

食われまくった猿の子孫としてはヒョウは強くて怖い存在だから、その毛皮を着るのは自分を立派に見せる方法として納得がいく。

大阪のおばちゃんがヒョウ柄を着るのもそういう背景があるのだ。猿の記憶が。

おれ最近こんなことばっかり書いてるな。

無難の引力

この前テレビで受験生がインタビューを受けていた。

「学生服の下にダウン着てきた」
「ほらこれ」
「だからあったかい」

となぜかずっとインナーダウンの話をしていた。急に振られてとっさに着てるもの話をしてしまったのだろう。

話しながら「なんでおれダウンを紹介しているのだろう」と思ったかもしれない。

でもそういうことってある。

僕も空港でインタビューされたら「いやー、明日から仕事ですわ」と言うだろうし、新橋でインタビューされたら酔っぱらいサラリーマンを演じてしまうだろう。

人は考えてないと無難に収まってしまうのではないかと思う。

いやらしい写真

iPhone7Plusは一眼レフのような背景をぼかした写真が撮れる。

いやらしい写真である。

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なんだかすごくいいものになってしまった。近所のライス食べ放題のタンメンの店とファミレスなのに。

もっとどうでもいいものを撮らないといかん。

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食べ終わった昼ごはん(サバ)

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量が多くて残したカレー

でもなんだかまだいいものに見える。もっとどうでもいいものをぼかして撮りたい。

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缶入りしるこ

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ハト糞の貼り紙

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背景でぼけているのはデイリーポータルZライターの江ノ島くんだが、ぼけた状態が似合う才能があると思った。

なにか足りない

漢字はじっと見ているとこんな形だったっけ?と思うものだが、形而上の「而」は最初から気持ち悪い。なにか足りない感じがする。

横棒だろうか、再 や冊なら馴染みがある。 点で雨でもいいのだが、「爾」はやり過ぎで気持ち悪い。ひき肉みたいなのが入っている。

 

拡大したらメだった。乖離の「乖」も気持ち悪い。意味どおりなかで分断している。右の方に小さく「ヒ」 とあるのも不気味だ。

 

「能」が左上から右下にかけて「ムヒヒ」と言ってるのも気持ち悪い。

 

ムヒヒ。

話がずれた。形而上の話だ。本を読んでいて形而上という言葉が出てくると、いつも而の文字の足りなさが気になって文章の内容がが入ってこない。

未来の電車

社会人になったばかりのころ、新人研修が武蔵中原で行われた。

当時実家に住んでいたので、東上線で池袋、そこから山手線で渋谷、東横線で武蔵小杉、最後に南武線で武蔵中原という3回乗り換えで通った。

遠いうえに、ぐるっと遠回りなルートだった。

めんどくさい。東上線からそのままするっと武蔵小杉ぐらいまで行く電車があればいいのに、でもできるわけないか…と思った。

と思ったら20年後にできたのである。副都心線で。

すごい。そんな予想外の電車ができるなんて。

チューブのなかを通るエアカーはいつまでたってもできないが、予想外の未来は来る。

作業着の寅壱がハイブランドになったり、大学堂(移動販売のホットドッグ)が伊勢丹のレストラン街に入る日も来るね、こりゃ。

ハンバーグチャーハン

中華料理の店に「ハンバーグチャーハン」というメニューがあった。

魅力的である。が、ばかっぽさは否めない。中学男子の夢のようなメニューだ。

料理にハンバーグを入れるとなんでもばかっぽくなってしまうのはなぜだろう。

ハンバーグそば
ハンバーグにぎり
ハンバーグ鍋
ハンバーグ大福
ハンバーグパフェ
ハンバーグようかん
ハンバーグビール
ハンバーグケーキ(スポンジ・ハンバーグ・スポンジの順)
ハンバーグ警察
(夫婦ブレストで出た案から)

最後はメニューではないが親しみやすさが半端ない。ハンバーグは永遠の友だちである。今風に言うとズッ友だ。

取り返しのつかないことへの衝動

夜行列車でたまたま停まった駅に手ぶらで降りたくなったり、パソコンのUSBのコネクタにコンニャク詰めてみたくなったり、取り返しのつかないことへの衝動がある。たぶん誰でもそういうところがあるだろう。

徳利からの手紙2という曲でも「試着室で全裸になったとき、このまま飛び出したら終わりだなと思う不思議な感じ」と歌っていた(語っていた)。


先週の土曜日、王様のブランチを見ていたら、家賃あてクイズで谷原章介が出したフリップにグチャグチャっと塗りつぶした部分があった。

数字を書き直したのだと思うが、実は女性器のマークを描いて「ああ、生放送でいまこれを出したらおれのタレント人生が終わる!」と一通りドキドキしてから塗りつぶして「あー危なかった~」とほっとしてるんじゃないか。

そうだったらいいなと思いながらテレビを見てた。

ライス食べ放題

ラーメン屋や定食屋で「ライス食べ放題」という文字を見るとおおっ!と思う。

個人的にはもうそんなに量を食べられないのだがやっぱり米食べ放題と言われると感慨深いものがある。

ごはん食べ放題は人類の夢だ。

飢饉で死にかけていた祖先が夢見た世界がいよいよ実現したのだ。

200年ぐらい前まで飢饉とかあったわけだし、1~2世代前だって空腹がデフォルトである。それがいまや500円のラーメンでごはん食べ放題。スープも飲み放題。夢のようだ(祖先の気持ちになっている)。

僕らがこんなに意地汚いのは、意地汚いことをして飢饉を生き延びた子孫だからだとなんかの本で読んだけど本当にそう思う。意地汚くなかった人は子孫を残してない。

ラーメンで満腹なのに、食べ放題だったらライス1杯ぐらい食べておくか…と思うのは飢えてた祖先の呪いである。

僕のコレステロールが高いのも。

誰にとってもわからない

半年後に読み返したら恥ずかしいと思うだろうけど、ピコ太郎が好きだ。おもしろい。

住さんにDVDの存在を教えてもらったので買った。PPAP以外にも面白い曲があるし、わけがわからないものもある。

だけどそれがいいのが、等しく誰にとってもわからないものであることだ。

年末年始にテレビを見てたら、芸人のスキャンダルや過去のネタを引用するような話が多くてわからなかった。マニアどうしの会話だ。うっかり変なサークルの説明会に入ってしまったような気分である。

知識もいらずにわかるもの+ネットで世界はすぐそこだなと思ったのだが、ピコ太郎のDVDには「べったら漬が大好き」という海外の人にはひとつもわからないものも入っていた。

しかしDVD買わなくてもYouTubeでほとんど見られることを後から知った。こういうのわからないのっておじいちゃんみたいだ。

2月15日にWeekly Teinou 蜂 Womanの土屋さんといっしょにイベントをやる。どちらのサイトも20年なのだ。詳細そのうち。