公式アプリマニア

お店に「〇〇アプリを入れよう」と書いてあると素直に入れることにしている。

おかげで僕のiPhoneにはこれなんだっけと思うアプリがたくさん入っている。やよい軒、ベローチェ、AR長岡京、金の蔵、さいたまゴミ分別アプリ、ITA-マニア。

ITA-マニアは板橋区の観光アプリである。板橋区と観光という組み合わせが二物衝突のようでいきなり良い。

「穴場好き」「有名所好き」など好みのパラメータを設定すると板橋区の観光ルートを作ってくれるのだ。こども動物園とか土手とか渋い場所ばかりだが、全行程8時間のハードなコースも設定可能である。

なぜ?!という言葉を飲み込むようなアプリだが、これはあれだ、区役所に置いてあるパンフレットの味わいがそのままアプリになっているから惹かれるのだ。

AR長岡京は起動したら長岡京跡に貴族が現れた。

京都で時間があまったから酔狂で長岡京を訪れた僕にはちょうどよい酔狂さだった。

やよい軒アプリは入れるとエビフライをくれた。

iPhoneのスクリーンにアイコンが追加されると世界からエビが消えるのだ。

いよいよデジタルネイティブである。適当書いてる。

ドリンクバーにドンペリ

ファミレスが24時間営業をやめるというニュースを見た。

いっそのこと1日2時間しか営業しないのはどうだろう。たとえばサイゼリヤが11時から13時までしか開かない世界。あ、並んでしまうかもしれない。

サイゼリヤに入れた。いつか行きたい。そんなことをみんなSNSで書く。

『ドレッシングは何にも似てない。料理はうまいけど、水はセルフなんだよ』 そんなことを語ってしまいそうだ。

その世界では「ドリンクバーにドンペリ」ぐらいの冗談として「サイゼリヤが深夜営業」という冗談があるだろう。

「ありえない。夢みたいじゃん!」と格安外食チェーンの叙々苑で肉を食べながら大笑いするのだ。

(その世界では叙々苑は「ジョジョギュウ」と呼ばれている)。

松屋であいがけカレーとか食べてるとき、これが地方都市の古い喫茶店の名物メニューだったら取材に行くだろうな、とか考えてる。

ホイコーローを食べてよい

むかし、なにかのプロジェクトのキックオフ飲み会でカラオケ屋に行った。二次会か一次会か忘れたが、なぜかそういう流れになった。

めいめいドリンクを注文するとき、エンジニアが

「ホイコーロー」

と言った。え、そういうのあり?!と全員思った。(打ち解けていたのでちゃんと突っ込んだ)。

マネージャーがアリスを歌ったり若手が安室奈美恵を歌うときも、彼は薄暗い部屋で笑いながらホイコーローを食べていた。

さっきそういうのありかよ!と言ったけど正直ホイコーローが羨ましかった。そこにいた大半の人がそうだったと思う。そういうのはありだったのだ。

いつでも僕らはホイコーローを食べてよい。自ら制限を設けるな、ということを彼は教えてくれたのだと思う。(ちょっともらった)

その後、彼はプロジェクトでとくに仕事をしているようすはなく、ホイコーローの思い出しかない。

24時代劇

時代劇などで武将が敵に文書を送ったとき、次のシーンでは敵方の武将がそれを読んで「なに!?」という。

しかし昔はメールなどないので、相手に伝わるまで1日以上かかるだろう。返事が来るのにまた1日以上。遠国だともっとかかる。その間なにをしていたのだろうか

たとえば「兵を集めよ!」と部下に指示したときも、兵が集まるまで1週間以上かかったと思う。まるで想像で書いているが。

実際の時間の流れで言えば

「〇〇氏に塩を送るのじゃ」「はっ!」
………………。
…………。
「……鯉に餌でもやるか」

「兵を集めよ!」「はっ!」
………………。
…………。
「……庭の松、伸びてきたな…」

となる。

24のように実際の時間で進むドラマがあったら大河の1年で書簡のやりとりだけで終わるだろう。

見たい。いや、見たくない。

しらふ

11月下旬に酒を飲むのをやめてひと月ちょっと経った。

完全にやめたわけではなくて忘年会とか人が集まるところでは飲んでいる。

酒を飲んで寝ると3時間ぐらいで起きてしまい、それからしばらくネットなどを見てまた明け方寝ることになり、生活に支障をきたしていた。

医者が酒止めてくれないかな~と思っていたけど、別に誰かに止められなくてもやめてよかったのだ。

やめてみると寝るまでずっとしらふで頭が冴えている。

僕は飲むとまじめなことを言ってしまう悪癖があるのだが、そのまじめな時間がなくなった。ずっとおかしなことを言っていられる。そしてそれを行動に移す時間もある。

酒をやめてから作ったものにもそれは現れている。


スポティファイを作る

これまでは言っただけで終わっていたアイデアかもしれないけど、形にすることができた。トリックないアートという記事もそうだ。

仕事じゃなくてもただ高いビルから砂埃を撮ったり、Google Earth Studioで新宿をうろうろするだけの動画を作ったりしている。 きょうは知人がロマンスカーに乗ると聞いたので経堂駅で待ち構えて通り過ぎる写真を撮った。

酒で無駄にする時間がなくなっていっそう時間を無駄に使っている。

こんなことを書くともう飲まないみたいだけど、禁酒を続けられる自信もない。

地図に個人的なことを載せる

うちからちょっと離れたところにせんだみつおの家があるらしく、むかし近所の子供がピンポンダッシュをしていたという話をもともと住んでいる人に聞いた。

せんだみつおが出てくるかもしれないと思ったらやるかもしれない。

こういう話を聞くと慣れない土地でもぐっとリアリティを感じる。

これぐらい個人的な情報を聞いて地図に載せていくのが好きで、デイリーポータルZで「ちょっと見てきて」というサービスを始めたり、個人的にも「ここ前なんだっけ」というサービスを作ったりした。今どちらも動いてないけど。

記事でも地元の人に町を案内してもらったりもした(小垣江鹿児島)。

動画で1年やったストへぇの総集編もなかなか些細でド個人的な情報が集まっている。

書きながら思い出したが、「地元の人がよくいく店リスト」という投稿企画もそうだ。ずっと同じことやってるんだな。

博物館の音声ガイドのように耳で聞けるようにしてもいい。いいというのは僕が聴きたいということである。

車窓の副音声とかあったら最高だ。僕は地元のを作るので、誰か大阪モノレールのを作って欲しい。こんど乗るときに聞くから。

恥ずかしー

知人がFacebookで動画をシェアしていた。

車がアクロバティックな動きをするものだった。すごい、と。

ただ、よく見ると車にはロープが付いていて、外からの力で動いているようだった。車がすごいというのは知人の勘違いだった。

それをコメント欄で指摘されて「恥ずかしー」と答えていた。動画よりもこの「恥ずかしー」に感心した。

こういうとき、ごまかしたり言い訳をするともっとかっこ悪いことになる。

「恥ずかしー」という素直でかわいい返し(知人はおっさんである)。この「恥ずかしー」が言えるかどうかでQOLが変わってくるんじゃないだろうか。

よく勘違いするので指摘されたら使おう。「恥ずかしー」

宝石箱をひっくり返したよう

星空などを「宝石箱をひっくり返したような」と形容するが、宝石箱をひっくり返したことがない。

そもそも実際に宝石箱を見たことがない。

仮に宝石が入っている宝石箱があったとして、実際にひっくり返すと小さい宝石はどこかに転がってしまうだろう。棚の下やサッシの溝に入ってしまうかもしれない。

しかし宝石である。「そのうち出てくるだろ」と諦めるわけにはいかない。

いや、そもそも宝石箱に何が入っていたのかのリストがないと、ちゃんと回収できたかもわからないじゃないか。ひっくり返す前にまずは管理表づくりである。

もし部屋の隅とかに落ちたままになっていたら、踏むと相当痛いだろう。宝石のカットはほぼマキビシである。めちゃくちゃ硬いのも危ない。

「宝石箱をひっくり返したような」という慣用句を考えてみただけでこれほど心配な気持ちになる。

宝石箱がなくてよかった。

ホスピタリティがずれている

間違ったところにこだわっているものを見ると、忘れたくないと思う。

「当店の舟盛りは本物の舟を使っています」

そう書いている店があった。刺し身を乗せるにしてはずいぶん大きい。舟のへりにちょっと置くぐらいかもしれない。箸を持って舟のまわりをウロウロするのだろうか。刺し身を見つけられる自信がない。

「メガネに度がはいっています」

メガネをかけた女優が出るアダルトビデオのパッケージにそう書いてあった。そこは大事なのだろうか。ただ、性の話になると、そういうのもあるのかもしれないと思う。

「ハンバーグ食べ放題」

そんな垂れ幕を掲げているラブホテルを電車から見た。ホスピタリティがずれている。

大人がまじめに商売のことを考えた結果、おかしな方向に全速力で走っている姿はすごく愛おしい。

本物のライオンを使った獅子舞も見たい。

サラダ創立記念日

僕が通っていた小学校の創立記念日は6月17日だった。

しかしよく考えるとなんで学校が始まった日がそんな半端なんだろう? 学校が新設されたら始まるのは4月1日だろう。

Wikipediaによると創立記念日は自由に決めて良いらしく、学校を作る準備を始めた日や校舎ができた日にしているらしい。地元の祭に合わせたという学校もあった。

サラダがおいしいからサラダ記念日という理由とたいして変わらない。