もうひとつの人生ごっこ、その後

デイリーポータルZで「もうひとつの人生ごっこ」という記事を書いた。

知らない部屋にいると会ったこともない「友達」がやってくるという企画だ。Airbnbで知らない街にいるとき、こういう人生もあったのかなと思う妄想を実際にやってみた。

撮影のときは「友達」役はさっさと帰ってしまったので、被験者の住さんにはふたつの世界が分断したままである。なので住さんと「友達」が打ち解ける飲み会を開いた。

「友達」は一体誰なのか、ふだんは何をしているのかを話して、ふたつの世界がひとつになった。

記事のなかのもうひとつの世界では、住さんは花見で酔っ払って女性の手を握ったという設定である。

だから来年の春にこのメンバーで花見に行くことにした。あのもうひとつの人生の舞台の街の近くがいいだろう。そこで住さんが酔っ払って本当に女性の手を握らないか期待している。

ふたつの世界がひとつになって(いまここ)、今度は向こうの世界に統合されていくのだ。

なにかあったらどうする

「なにかあったらどうする」という脅し文句が嫌いだ。

なにが起こるかを考えさせたうえに、どうするかも考えろという。汎用性ありすぎるし、言ったほうはなにも考えてない。そのくせ偉そうだ。法律で禁止した方がいいぐらいの呪いの言葉である。(仕事でよく言われる)。

ということをデイリーポータルZのメルマガで書いたところ、編集部の藤原が「なにかあったらどうする」と言われたときはたいてい江戸時代にタイムスリップしたらどうするかを考えている、と書いていた。(デイリーポータルZのメルマガはリレー形式なのだ。)

「なにかあったらどうする?」と脅したほうも、まさか江戸時代にタイムスリップしたときのことを考えているとは思わないだろう。

脅しを無力化するのにはぴったりなので、僕もこれからそう言われたら江戸時代にタイムスリップしたときのことを考えよう。

 

猫サイレン

隣の駅まで買い物に行ったらどこからか、「ニャオン  ニャオン   ニャオン 」という猫の声が聞こえた。

しかも近づいてくる。

すると、猫が入ってるカゴを乗せた自転車が通り過ぎた。カゴのなかで猫が抗議の声を上げているのだが、それが一定の間隔なのでサイレンのようになっていた。

買い物をした帰り、また遠くから「ニャオン ニャオン…」という音が近づいてくる。「え?また?」と思ったらさっきの自転車が通り過ぎた。

たぶん動物病院に行くときと帰ってきたところだったのだろう。

隣の駅に行くたびに、猫サイレンの自転車また来ないかなと思っている。

グーグルバー

むかし八丈島に取材に行ったときに民家兼バーのようなところに行った。マスターがカクテルなんでもお作りしますよと言うのでスクリュードライバーを頼んだら、「承知しました」と言って後ろを向いた。

パソコンを触っているので何をやっているのかと思ったら作り方を検索していた。

ワルシャワを訪れたとき、ものすごく胃が痛くなった。胃薬が欲しい。検索してもドラッグストアは遠いし、ホテルのフロントでもらえないだろうかと思って「胃 痛い」と説明したところ、受付の女性がわかったと言ってパソコンを叩き始めた。

グーグルマップを見せられて、ここにドラッグストアがあると教えられた。

それ知ってる。

「クイズ!ググってOK」というクイズ企画をずっとあたためているが、そのうちやろう。検索していいクイズである。

写真貼らなくていい

トーカ堂(テレビ通販)のエブリオの紹介で、写真が1万枚撮れますという説明のときに壁3面にみっちり写真が貼ってある小部屋が映る。小部屋には女性がいて両手を広げている。

写真が1万枚と言うんじゃなくて、写真を印刷して壁にみっちり貼る。

はっきり言って貼ってある写真が1万枚かどうかなんてわからないのだが、「おおお」と思う。

健康食品の通販で、なかに入っている「ヒアルロン酸」「コラーゲン」などの要素をやたらとでかい箱で表現してる(これ)。あのデカさは必要ないのだが、盛り上がる。

むかし聞いた話だが、テレビのニュースがCM前になると引きの映像になってキャスター同士が雑談をしているのも演出だという。ああすることで印象が良くなるらしい。

そういうノウハウは全部知りたいのでどこかにまとまってないだろうか。

関係ない話だが、トーカ堂の社員は14名だそうだ。そんな小さい会社だったのか。

2017.6.26追記

妻が写真を撮ってくれたので追加

すごい

プラダ

アメリカ出張中、バーに入ったら60ぐらいのおじさんがウェイターをしていた。プラダのメガネをかけて、ビールをゆっくり運んでくる。「10ドル」と言ってお金を受け取って堂々と戻っていく。

へーと思って見てた。こういう老後もいい。

アメリカの接客業は高齢の人も働いているし、そもそも適当である。

しかし適当だと思うということは、僕のなかに「お客様は神様だろう」という傲慢な考えがあるのかもしれない。日本の居酒屋の「はい喜んで!」みたいなやりすぎの姿勢(ほぼ服従だ)に慣れてしまっているのかも。売り手と買い手は対等なのに。

クレーマーの話を聞くたびに嫌な気分になるが、僕にもその芽があるということだ。気をつけなければ。

と、ビール飲みながら考えていたが、おじさんのウェイターは1時間ぐらいでいなくなった。

あれ、ウェイターじゃなくて常連の客が手伝っていただけかもしれない。おれの内省を返せ。

 

うんこと仇討ち

さるかに合戦はどうかしている。

親を殺された子蟹が集める仲間がハチとクリと牛糞と臼である。ようやく生きているのはハチだ。牛糞は微生物レベルで生きてそうだけど、うんこである。臼に至っては無機物。

なかまがうんこ。

世界一頼りないパーティーである。

水曜日のカンパネラの桃太郎という歌で家来が犬と猿とキジであることを「ペットといっしょに鬼退治とか絶対正気じゃない」と歌っていたが、うんこよりはましかもしれない。

ところで桃太郎の犬と猿とキジは実は方位を示しているという話を聞いたことがある。鬼門とかそういう話である。

うんこはそういう意味もなく、おもしろ半分で加わっていてほしい。

名前書いただけ

アメリカ出張中にスーパーでコーラの名前入りボトルを見かけた。世界中でやっていたのか。

気になって調べたら、名前を入れるのはShare a Cokeというキャンペーンで、全米ではこれでコーラの売上が2.5%伸びたのだという。

名前を入れただけで!

自分の名前が書いてあると、「わーおれのだー」と思って買ってしまうのだ(僕も買った)。

その行動は人間の浮かれっぷりをよく表しているというかばかみたいというか、ばかだ。

とにかく商品は輪ゴムでも鬼殺しでもよくある名字を書いておけばその人たちが買うのではないだろうか。

ちなみにうちの近所では佐藤さんボトルばかり売っていた。よくある名字=つまりマーケットが広いからか、佐藤さんは浮かれて買わなかったからだろうか。

青いプラセボ

プラセボについての本がとてもおもしろい。

プラセボは「治った気になる」というレベルではなくて、通常の薬と同じ物質が脳内で出るそうだ。プラセボ専門の調剤薬局をはじめたい。

この本の中で気になったのがここ。プラセボは見た目が大事らしい。

サイズが大きければ、小さなものより効果が高くなる。一回分が二錠なら、一錠の場合よりよく効く。見覚えのある商標名の錠剤は、そうでないものより効果が高い。色つきの錠剤は白い錠剤よりよく効く傾向があるが、どの色が一番よいかは、高めたい効果による。青は睡眠を促し、赤は痛みの緩和に向いている

雰囲気が大事なのだ。しかし色は文化によって意味が違う。それについての説明、

たとえば、青い錠剤は概して優れたプラセボ睡眠薬となるが、イタリア男性にとっては逆の効果をもたらす傾向がある──おそらく、青はイタリア代表サッカーチームの色であるため、リラックスするより、むしろ興奮してしまうのだろう。

「どれどれ睡眠薬飲んで寝るか……ん?青? イタリア代表!うおー!」

となるのだろうか。イタリア人はどれだけサッカーが好きなんだ。

プラセボだと知っていても効果があるらしいので、とりあえずプラセボ買って飲んでいる。たんが出なくなった。

信じやすい性格が吉と出ている。

阿弖流爲

またブログを更新し忘れていた。

パソコンやスマホで難読漢字が変換されたときの驚きはなんだろう。

「あまありき」と入力すると「海士有木」になるし、「あてるい」はちゃんと「阿弖流爲」になる。(阿弖流爲は平安時代に東北にいた指導者)

手で漢字を書くときは知ってる漢字しか書けないし、スマホを使うときはその変換が合っているかどうかを自分で判断する。結局自分の知識の範囲内の漢字しか書けない。

なのに「阿弖流爲」とか急にスマホが言い出すと、なんだお前そんな漢字知ってるなら早く言えよ、という気になる。

しかし海士有木は今年こそ行くべきではないか。変わった地名だなと20年以上思っているだけじゃなくて。