残業時間に木魚

昨日の夜、残業時間に木魚を叩いていた。

昼の撮影で使った木魚が机の上にあったのだ。こまごました作業をしていたので気晴らしに叩いてみたら楽しかった。

フロアにはもう僕しか残ってない。薄暗いフロアにぽくぽくという音が溶けていく。

メールを書いてはぽくぽく、エクセルに記入してはぽくぽく、と作業していたら人が現れた。びっくりした。

離れたフロアの人が「こちら側、もう誰もいません」と言いに来てくれただけだった(親切)。木魚でなにかを召喚してしまったのかと思った。

しかし帰りにフロアを施錠しながら思ったが、あの人のほうこそ薄暗いフロアから木魚の音が聞こえて怖かっただろう。

紙吹雪

夏、チームラボジャングルというイベントを見に行った。

最後に紙吹雪が舞った。紙吹雪が舞うとなんだか高揚した気分になる。感情の高まりを感じるのだ。

いや、僕はただ入場料を払って入っただけである。なにひとつ達成していない。

なのにこの達成感。

僕が知っているトップオブ紙吹雪はワールドカップ優勝である。あれは紙吹雪にふさわしい。サッカーという競技人口が多いスポーツの超うまい人たちが予選から競い合った結果だ。

でも気分的にはワールドカップ並だ。紙吹雪がずっと舞っているカラオケ大会とかをやってみたい。

9次元

先日「超ひもナイト」というイベントを見てきた。物理の超ひも理論を語るイベントである。

超ひも理論が成り立つためには9次元でないといけないそうだ。9次元がどういうことなのか、3次元の僕にはよくわからなかった。

しかし4次元以上の世界もありなのだということが驚きである。

むかし朝まで生テレビのUFO特集のとき、UFO研究者が「宇宙人は6次元から来てるんですよ」と発言したところ、ほかの参加者から「6とかばかなこと言ってんじゃない!」と集中砲火を浴びていた。

そのとき、そうか、4次元以上を言うとばかにされるのか、言わないでおこう…と思ったのだ。

でもいつのまにか9とか10とか25とかありな世界になっていた。

天動説が批判されていた瞬間を見た気になっているが、UFOがいるいないという話とは関係ないな。

質問形式の人

質問形式の人が苦手である。

僕 「そのTシャツいいじゃん。どこで買ったの?」

質問形式の人 「どこだと思う?」

僕 「?」

僕が質問していたはずである。なんで質問に質問で返すのか。さほど興味がないときの質問形式のときも困る。

「これいくらだと思う?」

答えは「どうでもいい」である。テクノ手芸部よしださんに聞いた質問形式はなかなか最悪だった。

「なんで私が怒ってるかわかる?」

正解しても怒られるし、不正解でも怒られる。退路なしである。そんな王手みたいなセリフ言ってみたいと思うが、そういう負は広めてはいけないので言わない。逆はどうだろう?

「なんで私が笑ってるのか分かる?」

………。いっそう感じ悪くなった。質問形式はだめだ。

中2が御社と言う

20代なかばの社会人に「デイリーポータルZ、中学生の頃から見てます」と言われてなにを言っているのかと思っていたのだが、そうか、24歳の10年前は中学生なのか。

中学生は10年たつと社会人になるのだ。

焼きそばパン食ってる中学生が、名刺交換したり「御社」とか言ったりするのだ。

中2を10年で会社員にしてしまうこの社会の仕組みはすごい。

ということでデイリーポータルZは15年たちました。

ドラクエ

以前、とある山のなかでデイリーの撮影をしていたら、通りすがりの人になにをしているのかと話しかけられた。

こういう虫を探して写真を撮っているんですと説明すると、その人は「そうですか僕は冒険をしています」と言って去っていった。

ドラクエか。

僕らはまるで話しかけられるのを待っている村の人である。「わたしたちはしゃしんをとっています」

そしてリアルに「冒険をしています」と言われるとものすごくびびる。

うんこは熊である

きのう、新宿駅西口の路上にうんこが落ちていた。

最近は犬のうんこもあまり落ちてないが、あれは人のだと思う。びっくりしたし、うっかり見てしまって気分が悪くなった。ツイッターを検索すると僕が見た1時間前に新宿でうんこしてるやつがいる、と書いている人がいたのできっとそういうことなんだろう。

警備員が少し離れたところに立っていた。気づかずに近づく人いたら注意するのかもしれない。あの警備員の人生を少し考えた。10代の頃、フレミングの法則を覚えたり、夏休みのプールで泳いだり、好きな人ができたりしたがまさかうんこの警備をする時間が来るとは。ライフオブサプライズである。

しかしほんもののうんこはへこむ。3月にニューメキシコに行ったときもホテルまで歩いてたらでっかいうんこがあってへこんだ。はじめての町の緊張感が一気に増した。

普段、うんこと気軽に口にするしうんこのイラストにも親しんでいるが本物はきつい。できれば避けたい。

つまりこれは、熊だ。

物語の熊はかわいいが、本物は恐ろしい。死ぬかもしれない。うんこと熊は同じである。

新しいiPhoneではアニメーションする絵文字が使えるらしく、そのなかにうんこがあると話題になっていた。でもそれはあくまでもファンタジーのうんこである。熊でいえばイヤリングを拾って踊ってくれるほうだ。

よくできた社会は死と排泄を見えないようにしていく、と昔読んだ本に書いてあった(バタイユだっけ)が、うんこと熊のことを考えてもまさにそれである。

へこんだわりにうんこの話になると筆が乗るな。

寸劇

老人に振込詐欺への注意を寸劇で説明しました。

というニュースを見かけるが、別に老人は子どもじゃないんだから寸劇ではなく普通に説明すればいいと思う。

寸劇を見せられた老人も、普通に言ってくれてもわかるんだけど好意でやってくれてるからまあ見ておくか、と思ってるのではないか。

しかし、ああいうニュースを老人の立場で見ている自分に驚く。老いだ。

どうせならヒッグス粒子の話とかを寸劇で説明して欲しい。

お札を洗う

サンフランシスコの科学館 exploratorium に行った。科学を体験させる展示がおもしろくて興奮した。脱出ゲームのスクラップも全米で大人気だしやっぱりコンテンツは体験よねーなんて話していたが、よく考えると日本の寺社仏閣も体験ものが多い。

煙を自分の悪いところにあてる。輪をくぐる。瓦を投げる。お金を洗う。鶯の鳴き声が聞こえる床。

どれも見るだけじゃなくて何かしらのアクションが必要である。それだけでも面白いのに(お金洗うのは楽しかった)、ご利益があるという。そのご利益というものが定量的に測れないというのもまた女子力アップ!とかイノベーション!みたいである。

そういうものにヒントがあるかもしれない!

…こうして珍スポットができていくのだろうか。

断言すると金になる

テレビで占い師が話しているのを見た。この日生まれの人は食べ過ぎに気をつけましょう。玄関に黄色いものが置いてあると福が訪れます。

根拠のないことを断言している。

一方、科学者は断言しない。その可能性はあります。ぐらいである。(それはとても科学的な態度だと思う)。

しかし会社や仕事でも断言する人は重宝される。「これからは水餃子だ」「このプロジェクトは長期的に必要だ!」。あの人が断言するからそうなのかな、なんて思ったりする。それが正しかったかどうかは関係がない。断言することが大事なのだ。

断言すると金になるのかもしれない。

いや、断言すると金になるのだ。断言していこう。

おにぎりにしょうゆを垂らすとうまい!
シャンメリーに焼酎を入れてもシャンパンにならない!

いや、そういうことを言いたかったのではないのだが。